表紙
明日を抱いて
 202 冬の静けさ




 翌日、ジェンは医学部にいるマージのところへ飛んで行き、静かで人目につかない図書室の片隅で読んでもらった。 ジェンもマージに寄り添って、彼女が読み終わるたびに便箋を受け取り、じっくりと再読した。
 いつもは冷静なマージだが、今度ばかりはため息をついたり目頭を押さえたり、ときにはアッと小さな声をもらしたりで忙しかった。
「うちは子供がいるから秘密が保ちにくいの。 この手紙は、マージ、あなたが持っていてくれる?」
 ジェンが小声で言うと、マージの眼がさらに赤くなった。
「ありがとう。 大切に保管するわ」


 その後、二人は学部の食堂へ場を移し、にぎやかな談笑の声にまぎれて、しみじみと語り合った。
「エイプリルは機関車のように、人生をぐんぐん突き進んでいるのね。 私たちはまだ婚約したばかりで、式までに長い年月が待っているというのに」
 ジェンは微笑み、考え込んだ様子のマージの頬をちょんとつついた。
「それでもあなたはまだマシよ。 逢おうと思えばいつでも傍にいてくれるんだもの。 それに比べて、私はあと二年もジョーディに逢えない。 恋しくて、ときどき夜中に眼が覚めることがあるわ」
「そういえば、ジョーディもあなたと駆け落ちしようとしたのよね」
 ジェンは照れて笑い出した。
「そんなこともあったわね。 メイトランドの父はエイプリルの父親とは大違いだけど」
「トマス・ロイデン・ウィンタースは鬼よ」
 マージの整った顔が氷のようになった。
「昔からあの人が大嫌いだった。 自分のしたいことは何一つ我慢しないの。 全部周りに我慢させるのよ。
 父に言わせると、そろそろ報いが出てきているって。 最近顔がむくんでいるし、もうじきぜいたくな食べ物のせいで通風になるだろうって。 あれはものすごく痛いそうね」
「痛い思いをしてほしいわ」
 ジェンは珍しくはっきり言い切った。
「病気になれば大騒ぎして、エイプリルを追いかけようなんて気力は無くなるでしょう」


 こうして、大騒ぎから二ヵ月半が過ぎてひっそりと送られてきた手紙で、事件の決着はついた。 それでも親友の二人は、毎日エイプリルのことを想った。 そして夜の祈りに必ず付け加えた。 エイプリル一家が平穏無事に過ごせますように。 そして来年には健康な赤ん坊が生まれますようにと。


 その年のクリスマスは、ジェンにとって珍しく、一家水入らずの日々となった。 秋に社交界へデビューしたワンダは、上流の青年たちと交際していたし、ますます王子様っぽくなったアンソニーには、様々なツテを頼って名家の招待状が殺到しているという話だった。 そしてピーターは、友達とメキシコ旅行へ出かけていた。
 メイトランド夫妻は、ジェンを招待したくてたまらない様子だったが諦め、二人で暖かいフロリダの別荘へ行っていた。 みんなばらばらだが、ピーターを除く全員が手紙をくれるので、ジェンは彼らがどこにいて何をしているのか、よく知っていて安心していた。


 二人の弟は、そろそろやんちゃ盛りだった。 子犬のように姉にまとわりついて騒ぎ、愉快なことをしゃべり散らしては、家族の笑いを誘っていた。
 ジェンは母たちとゆっくり話せるのが嬉しくて、たまには夜更かしをしてしまうこともあった。 冬は農作業が少ないため、ミッチも安楽椅子に座り込み、語り合いながらボードゲームを楽しんだりした。 そんなときはコニー特製の熱いエッグノッグが、三人の身と心を暖めるのだった。





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