表紙
明日を抱いて
 201 いつまでも




『誰にも、どの家にも秘密はある。 クリスと私は力を合わせてお互いを守っていたの。 私をスキャンダルに巻き込んだ蛆虫のハロルド・ブルックスさえ利用したわ。
 まず、私に譲られた母の遺産をできるだけ早く受け取り、別の口座に移したわ。 その後、もう飽きられかけていたギャンブラーと名門夫人の恋が本当で、駆け落ちしてしまったと匿名の手紙でブルックスに知らせてやったの。
 もちろん彼は逆上して騒ぎ立てた。 その前に私とドラは家を出て、場末の旅館に泊まっていた。 黒いかつらと粗末な服をつけてね。
 ディックは職場の女の子に頼んで私の服を着せ、人形を抱いてもらって、わざと混雑したニューヨーク行きのホームに行ったのよ。 その女の子は水商売を辞めたがっていたので、たっぷりお金を上げて故郷に帰ってもらったわ。 幸せになってほしい。


 で、戻ってきたディックは元の金髪に戻り、作業衣に着換えて三人で下町の駅へ行ったの。 そして貨物列車の屋根にタダ乗りして、ニューヨークとは逆方向へ行ったわ。 貧しい季節労働者の夫婦としてね』


 季節労働者とは、短期の出稼ぎ人のことだった。 忙しくて猫の手も借りたい収穫期に果樹園や大農場に雇われ、わずかな手間賃で手伝いをする。 ごくありふれた底辺の人々で、誰にも注目されない存在だった。


『私たち、少しだけれど本当に働いたのよ。 手が荒れたけど、気にしなかった。 いつも顔を汚しておかなきゃならないのが、ちょっと嫌だったぐらい。
 一つの仕事が終わってまた皆で貨車の旅に出たとき、途中で降りて国境を越えたわ。 そして名前を変えて移民申請をし、中規模の農場を買ったの。 ディックと私と、半分ずつお金を出し合ってね。 ディックは酒場にいるうちにいろんな人の話を小耳に挟んで、ますます物知りになっていたから、うまく法律の網をくぐることができたのよ。


 新しい土地で、ドラが彼の子だと初めて打ち明けたとき、ディックは地面に座り込んでしまったわ。 自分を責めて、しばらく立ち上がれなかった。 でも私は彼の誠意が嬉しかったの。 クリスの子だと思い込んでいて、それでも心から大事にしてくれていたのよ。 私の血を引いているからというだけで。
 だからもう今ではドラにべったり。 来年の夏に次の子が生まれても、またべたべたになるでしょうから、次は男の子が生まれて欲しいと願っているの。 なんだかその願いは叶いそうな気がするわ。


 大切なジェン、私は今、生まれて初めて幸せに包まれています。 しばらくはあなた達に会えないというだけが寂しくて。 近所の奥さんたちと仲良くなりましたが、やはり親友のあなた達とは比べようがないの。
 クリスのことも、よく思い出します。 お義母さまはドラを可愛がってくれていたから、別れたくない様子でしたが、最近親戚の一人に男の双子が生まれて、どうやらその一人を養子にと頼みこまれているようです。 クリスったら、私が忘れられなくてもう再婚はできないと言いふらし、大いに同情されているらしいので、この養子話がまとまれば、あちこちうまく収まるのではないかしら。


 長い手紙になりました。 まだ書ききれないことは一杯ありますが、父がこの世にいる間は危険で、なかなか連絡は取りにくいと思います。 農場はうまく行っています。 なにしろディックは農場のことにかけては何でも知っていて、何でもできますから。 この間はトラクターまで直してしまったのよ!
 私は鶏と豚を飼い、野菜畑を作り、料理の腕を磨いています。 デザートはコニーさんの本を買って勉強していますよ。 すごくおいしいの!
 これからも大変なことはあるでしょう。 飢饉やイナゴの襲来などに備えて、少しずつ貯金をしています。 母の遺産は最後の最後まで手をつけないと二人で約束しました。 でもいざというときに備えがあるのは頼もしいものです。


 大事なジェン、この手紙は、あなたとマージに宛てて書きました。 二人は私にとって、誰より信頼できる宝物です。 だからマージにも読んでもらってください。 きっと心配してくれていたと思います。
 返事をもらえないのがすごく悲しい! でも異国の地から、みんなの幸せを祈っています。 あなたもマージも最愛の人を見つけたので、どうか世界一幸福になってくださいね。
いつまでもあなた達の友 エイプリル』






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