表紙
明日を抱いて
 204 誰に会うか




 ボストンの目抜き通りにあるメイトランド邸へ行く間の道は楽しかった。 普通なら話にほとんど加わらないはずのクレムまで一緒になって、三人はいろんな話題に夢中になり、当時下々で流行していたラグタイムの短い歌をクレムが女性たちに教えて、すぐ覚えた二人と合唱してしまうというおまけまでついた。
 エリザベスは涙が出るほど笑い、車から降りてもまだ笑顔だった。
「若い人がいるって、これだからいいのよね。 まあ、私が話したい若人はあなた達だけだけど」
「光栄です」
 調子に乗らないクレムは、屋敷に着くとすぐ運転手の顔に戻って、ジェンの荷物を運びはじめた。 量が多いのに気づいた使用人が一人、車庫から出てきて手伝っていた。
 ジェンはエリザベスに引っ張られるようにして屋敷へ入り、今後の予定を聞かされた。
「明後日にはもうマーデンフォードから招待状が来てるのよ。 マーデンフォードを知っている?」
 ジェンはすぐ思い出した。
「息子さんのロニーが確か、アンソニーと前に友達でした」
「そう、だからかもしれないわ。 明日はいろいろと忙しくなりそうね。 今日のうちにゆっくり休んでおいてね」
「はい」


 夕方、クレムが迎えに行って、メイトランドが風のように戻ってきた。 父と娘にも語り合うことは山ほどあり、二人は食事前に一時間半も話し込んでしまった。
 メイトランドは珍しく興奮ぎみだった。
「いよいよ正式デビューだ。 ジョーダンの婚約者とだけ紹介するよ。 細かいことなんか無視して、勝手に推測させておけばいい」
「そうするわ、お父さん」
 すると、メイトランドがさりげなく言った。
「エリザベスにもそういうふうに、気楽に話しかけてほしいな。 あの人は見かけとちがって階級意識がほとんどないから、君に敬語を使われると、距離を感じて寂しいらしい」
 ジェンは驚いた。
「距離だなんて。 私エリザベスさんを尊敬してるのよ。 それに愛してるし」
 一瞬、沈黙が落ちた。 それからメイトランドは娘をひたと見つめて、真剣に尋ねた。
「愛してる?」
「ええ!」
 ジェンは手を伸ばして、父の手を握りしめた。
「正直いって、初めてボストンでお逢いしたときは、仲良くなれれば嬉しいなと思っていただけだったの。 でもエリザベスさんは、私の仲間だった。
 こんな言い方、変に思われるかもしれないけど、友達にもいろいろあるでしょう? あの方とは、普通の仲良しを越えて引き合うものがあるの。 心の奥底で私のことちゃんとわかってくれていて、私もあの方の話の方向がぼんやりとわかるの。 すごく刺激されるのよ。
 駅で迎えに来てくれていると知ったとき、本当に嬉しかった。 それで、あの、悪いんだけど、お父さんと同じぐらいエリザベスさんに会いたかったのに気づいたの。 これって愛じゃない? 私はそう思うんだけど」
 メイトランドはうつむき加減になって、しばらく自分の手を包んでいるジェンの指を見つめていた。 それから、ぽつりと言った。
「本音を言おう。 ちょっとねたましい」
 それから小さく笑い出すと、ジェンの頬にキスした。
「この十日間、できるだけ君といるようにするよ。 さもないとエリザベスに取られてしまいそうな」
「そんな〜」
 ジェンは困った。
「お父さんを愛してるの、知ってるでしょう?」
「よしよし」
 メイトランドはあやすように答え、ジェンに約束させた。
「いくら尊敬していても、敬語はだめだ」
 ジェンは顎を上げて応じた。
「それなら、イーリーじゃなくエリザベスと呼ばせてくれたら、お友達として大事にするわ」
「言っておこう。 じゃ、夕食は八時だよ」
「はい、お父さん」
 二人が客間にしても豪華な居間から立ち去った後、どっしりしたカーテンからかすかに揺れて、人影が静かに消えていった。





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