表紙
明日を抱いて
 199 その中身は




 来た! とうとうエイプリルから手紙が来た!
 ジェンは夢中で寝室に飛び込み、普段は決してかけない内鍵をかけて、ベッドに座り込んだ。 そして、ふるえる手で便箋の束を頑丈な袋から取り出した。


『大好きな懐かしいジェン  必ず手紙を書くと言ったのに、こんなに遅くなって本当にごめんなさい。
 封筒の中にもう一枚、封筒が入っています。 まずその中から写真を出して、見てください。 それだけで、頭のいいあなたには真実の半分以上がわかってもらえると思います』


 ジェンは急いで大きな封筒の中を覗き込み、白い普通サイズの封筒を見つけて開いた。 中に入っていたのは、大判のスナップ写真だった。
 写真には三人の人物が写っていた。 オーバーオールを着た金髪の大柄な青年、その右腕に抱かれて笑っている赤ん坊、そして左腕にしっかりと抱き寄せられた実用的なワンピース姿でお下げ髪の女性。 彼女も彼も、なんともいえずいい笑顔を浮かべていた。
 背後一面になびく大麦に目を移しながら、ジェンは放心状態で呟いた。
「ディック…… ディック・アンバーだわ」


 確かにその瞬間、ジェンには突然の駆け落ち劇が何だったのか、初めて納得が行った。 ダグラス・エイムズ。 ディック・アンバー。 どちらも頭文字はD.A.だ。 今まで全然気づかなかったことが、次々と頭にひらめいた。
 そして、大急ぎで手紙の文面に戻った。


『初めから示し合わせていたことではありません。
 それどころか、あの公園で出会うまで、私はディックがフィリーにいるとは夢にも思っていませんでした。 あんな別れ方をして、もう一生逢えないとあきらめていました。
 彼もあのときは、そう思ったそうです。 でも気がつくと、私が飛ばした帽子が傍に落ちていたんですって。 その帽子を拾ったとき、一筋の光が見えたと言っていました。 フィリーへ行こう、そしてあんな結婚の仕方でもし私が不幸になったら、どんなことをしても助けようと思ったとも。
 私のほうは知らなくても、ディックは私の散歩場所を知っていました。 あの日、風のおかげで初めてのチャンスが来たので、ハンカチを拾って紙切れを忍ばせたのです。 その紙には、【裏門の樫の木の穴に】と書いてありました。
 彼は髪を茶色に染め、ひげを生やしていました。 でも私には一目でわかったの。 ぼうっとなって見つめていたと思う。 彼も見ていた。 ただ私だけを。 だから私を追い回していた遊び人に、本心を気づかれてしまったのね』


 ジェンは手紙を胸に当て、目を閉じた。 決して断ち切れない絆。 あの二人は目に見えないがゆえに鋼より強い縁で結ばれていたのだ。


『翌日、散歩の途中で裏門へ回ってみると、樫の幹に手紙が入っていました。 そこは柵に近く、外から手が届くの。 私はお義母さまに頼んで、その近くに花壇を作らせて貰い、世話をしに毎日通いました。 誰も怪しまなかったわ。
 それでも初めは、本当のことは書けなかった。 ディックにあれ以上辛い思いをさせたくなかったから。 ただお互いにどんな暮らしをしているか、知りたくて手紙を交換していました。
 でも母が亡くなり、すべてが変わった。 あのとき、母から髪をもらったのを覚えているでしょう? 嫌な予感が胸から抜けなくて、フィリーに戻った後、クリスに相談したら、彼が言ったの。 友達に化学者がいるから、気になるなら分析してもらおうって。
 結果は恐ろしいものだった。 母の髪には、普通では考えられない量の砒素〔ひそ〕が溜まっていたの』





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