表紙
明日を抱いて
 197 見事な消滅




 エイプリル駆け落ちの知らせは、サンドクオーターだけでなく近隣の市町村を揺るがすほどの騒ぎになった。 エイプリルはそれほど愛され、広く知られたこの辺りのアイドルだったのだ。
 結婚を無理強いされたことへの同情は、一部で反発に変わった。 特に保守的な大人たちはそうだった。
 だが直接エイプリルを知る学校友達のほとんどは、頑固に信じていた。 何か事情があるにちがいない。 きっとこの事件の裏には何か、特別な事情が。


 ジェンは必死になって、本当のことを知ろうとした。 ゴシップ嫌いなメイトランド夫人エリザベスへの手紙にまで、不愉快なことを頼んで申し訳ないが、ドレクセル若夫人のスキャンダルについて、知っていることがあれば教えてほしいと書き送った。
 するとエリザベスは、意外なほど詳しく調べて返事をくれた。
『……それで、新聞が勝手に騒いでいるダグラス・エイムズ氏とエイプリル・ドレクセル夫人のことですが、怪しげな噂を切り捨てて真面目な証言だけ取り上げると、九月の三日の午前十時に子守のグラディスが乳母車で、赤ちゃんのディアドラをいつものように散歩に連れ出したのは確かなようです。
 十時半になって、そろそろ帰ろうとしていると、若夫人が公園へ急いでやってきて、グラディスの兄のゲイツがまた酔って暴れていると言いました。 ゲイツは酒飲みの船員で、妹から小遣いを巻き上げにときどき来ていたそうです。
 ゲイツを止められるのは妹だけなので、グラディスはあわてて飛んで帰りました。 私も赤ちゃんを連れて後から戻るから、と若夫人は声を掛けました。 でもそれっきりで、乳母車も赤ちゃんも、夫人と共に姿を消しました。
 ゲイツは本当に朝っぱらから飲んで居座っていたそうですから、これが計画的な駆け落ちかどうかはわかりません。 ともかく、同じ日の夕方七時ごろ、赤ちゃん連れの三人がフィリーの駅で何人もの人に目撃されています。 エイムズ氏は大きくてとても目立つので、これは間違いないでしょう。
 でも夕方は、あの駅はとても混みます。 どの列車に乗ったかは、いまだはっきりしていません。 そしてその後、三人の消息はぷっつり途絶えてしまいました。 そこは見事ですね。 美男美女と赤ちゃんですよ。 しかも新聞写真でよく知られた顔なのに。
 最新情報としては、ドレクセル家が若夫人に対して離婚訴訟を提出しました。 おそらくすぐに認められるでしょう。 クリスの顔は丸つぶれですからね。
 けれどもね、私は思うんですよ。 どんな名品でも、ひびの入った壺は元には戻らないと。 あの二人は仲良しに見えましたが、何かが欠けていました。 その証拠に、別れた後もクリスはあまり不幸そうには見えません。 かえって吹っ切れた感じで、ますます仕事に打ち込んでいるようですよ。
  周りは若夫人が不幸になると決め付けていますが、それだって怪しいものです。 手のかかる赤ちゃんを連れていったということは、それだけエイムズ氏が彼女を愛している証拠でしょう。 若くて健康な男性が、恋人と子供の二人ぐらい立派に養えなくてどうします。 その見込みがあったからこそ、あなたたちのエイプリルもすべてを捨ててついていったんでしょうね』

 エリザベスの手紙には、駆け落ちした二人がどう連絡を取っていたか、未だにわからないままだと結んであった。


 エリザベス夫人に丁寧にお礼を書いた後、ジェンは考え込んだ。 学校時代、クリスマス会や卒業記念パーティーで、ちょっとしたトリックや意表をついた遊びを考案して皆を楽しませていたエイプリルだ。 今度の突然の駆け落ちにも、実は思いがけない裏があるのではないかと、思わずにはいられなかった。





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