表紙
明日を抱いて
 196 そして暗転




 こうして、重く暗い後味を残してウィンタース夫人の葬儀は終了し、サンドクオーターの人々は日常生活に戻った。
 エイプリルはフィリーに帰り着くとすぐ、参列者たちにお礼状を送ってよこした。 友達には自筆で近況や感謝を書き加えて。 それに引き換え、肝心の夫のロイデンは村の人々にはてんで無関心で、一言の挨拶もないままだった。


 ジェンは一部始終をイギリスの恋人に書き送った。 心優しいジョーディは、婚約者を慰めようとできるだけ早く返事をくれた。
『 ディアドラ夫人はいつも体調不良で、僕もほとんどお目にかかったことがなかった。 だが一人娘にあれほど愛されていたんだから、元気なときはさぞ素敵なお母さんだったんだろう。
 母親を失うのは辛いものだ。 僕だって幾夜も眠れなかった。 僕もエイプリルにお見舞いの手紙を出すよ。 君が親友を支えたい気持ちは本当によくわかる。
 でも、手紙を書きすぎちゃいけないよ。 最近の君の字は少し震えている。 作家などで字を書きすぎると手首が痛むそうだ。 気をつけて』


 それでもジェンは、友人や親戚たちに手紙を書くのを止められなかった。 だから筆圧を軽くしたり左手で同じように書く練習をしたりしていたが、ある日のこと、思いがけなくすばらしい贈り物が届いた。
 知らせに来たのは郵便配達だった。 えらく重い小包があるので局まで受け取りに来てほしいと言われて、ちょうど新しい鋤〔すき〕を必要としていたミッチと馬車に乗り、買い物がてら村の郵便局へ出向いた。
 届いていたのは、頑丈な木箱だった。 差出人を見て、ジェンは眼を輝かせた。
「まあ、イーリーだわ」
「イーリー?」
 奇妙な仇名に、やっこらさと荷物を馬車に積み込んだミッチが振り向くと、ジェンはうれしそうに木箱を撫でていた。
「メイトランド夫人よ。 私に何を下さったのかしら。 それもこんながっちりしたものを」


 帰り道で、ジェンはいろいろと中身を想像して楽しんだ。
「望遠鏡かしら。 でもこんなに重くないわよね」
「うん、あれは細長く伸びる筒だからな。 中身はレンズだけで、後は空っぽだ」
「本かとも思うんだけど。 大きな辞書とか」
「そうかもしれんな」
 絵入りの辞書だと、将来弟たちも使えるな、とジェンは考えた。


 だが、家に帰って居間に運び込み、ミッチが木枠を外してくれるのをわくわくして見守っていた家族は、期待よりずっと凄いものを眼にすることになった。
木枠が取れ、厳重に包んでいた油紙と布切れをほどくと、中からピカピカ新品のタイプライターが現れたのだ!
 あまりのタイミングのよさに、ジェンは口を覆ってへなへなと床に座り込んでしまった。
「まあ……まあ……レミントンのタイプライターだわ……! 凄いの何のって……!!」
 ミッチがにやりと笑ってかがみこみ、ジェンの肩を叩いた。
「手紙が入ってるぞ。 読んでごらん」
 ジェンは義父から紙を受け取り、夢中で読んだ。
『頑張り屋さんのジェン  いつもお手紙楽しく拝見しています。 あなたには面白いことをそのまま書き表せる才能があるわ。 その才能をつぶさないために、そして愉快な手紙をいつまでも受け取りたいという私のわがままのために、最新式のレミントンを送ります。 キーがらみが少なくて打ちやすいそうよ。
 インクリボンも予備を十箱つけて入れておきましたから、当分持つでしょう。 それにタイピングの教本もね。 楽しんでください、私の小さな友達』
 張り切ったジェンは、タイプライターを二階へ運んでもらって、たった四日でキータッチを覚えてしまった。 早く打てるようになるのにも、二週間とかからなかった。


 ジェンが前の四分の一の時間でみんなに手紙が書けるようになったころ、夏の短いサンドクオーターではそろそろ秋風の立つ季節になっていた。 間もなく大学の授業が始まる。 手際のいいジェンは荷物をすっかりまとめ、大事なタイプライターもまた荷造りして、寮に入る準備をほぼ終えていた。
 そんなある日、天地を揺るがすような知らせが小さな村を襲った。 ホテルで三日遅れの町の新聞を引き取り、村で安く読ませるバイトをしている雑貨屋のカートが、血相を変えて通りで触れ回ったのだ。
「おい! エイプリルが、おれらのエイプリルが、やくざな賭け事師と駆け落ちしちまったんだと!」





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