表紙
明日を抱いて
 195 決別の故郷




 電話でウィンタース夫人が亡くなった知らせを受け取っていたミッチとコニーは、夕方にハウイ達に送られ、疲れて戻ってきた娘を優しく迎えた。
 ジェンは言葉少なく夫人の臨終を語り、エイプリルが気絶しかけたことも話した。 するとミッチが厳かに言った。
「あの立派な子にとっちゃ、母親だけが親みたいなもんだったからな」
「若くて元気なときは賢くて、人に好かれるお嬢さんでね」
 コニーもそっと言葉を添えた。
「ここ八年ほど弱くなって、無気力になっちまったのが残念だよ。 人間やっぱり健康が一番だな」


 夫のトマス・ロイデンは、翌日の午後ようやくサンドクオーターに到着した。 彼は涙を流すでもなく、さっそく豪華な葬式の準備に取りかかったが、彼にとっては時期が悪かった。 夏の盛りにいつまでも式の支度をしているわけにいかない。 しぶしぶ葬儀を五日後に決めた。
 それでもウィンタース本宅で行われた式は、可能なかぎり立派なものだった。 西海岸の仕事仲間はさすがに間に合わなかったものの、シカゴやデトロイト、それに東部からも弔問客が続々と詰め掛けた。 その中には、大急ぎで駆けつけてきたエイプリルの夫のクリス・ドレクセルもいた。
 クリスが旅行服をなびかせ、三段飛ばしで正面玄関へ駆け上がってくるのを二階の窓から見つけたエイプリルは、一階へ降りる大きな階段を飛ぶように駆け下りて、夫の腕に飛び込んだ。 クリスはしっかりと妻を抱きしめ、小声で慰めながら奥へ連れ去った。
 その様子を垣間見た客や近所の人たちは、やはりあの噂は根も葉もないゴシップだったんだと小声で言い合った。 二人は自然に仲が良く、とてもぎくしゃくしているようには見えなかったのだ。
 ロイデンがすべて仕切ってしまい、料理の手伝いさえさせてもらえなかったジェンたちは、手持ち無沙汰でだだっ広い玄関広間の片隅で固まっていた。 ロイデンはエイプリルを旧友たちから切り離してしまい、一番豪華な喪服を着ろだのヴェールは薄いのにしろだの、ひっきりなしに指示を出していると、奥女中のトリナがこっそり教えてくれた。
「お嬢様、じゃなかった若奥様はほとんど反応なしです。 耳に入っているのかどうなのか。 一回、腹を立てたご主人が平手打ちしようとして、執事のウェズリーが危うく止めました。 若奥様が腫れた顔で葬儀に出られたらご主人様が何と言われるか、と、必死で言い聞かせたんですが、後が大変ですよ、きっと。 ロイデンさまは執念深いから」
 それを聞いたエディが頭を抱え、おとなしいハウイが珍しく激怒した。
「あのクソおやじ! あっちが死ねばよかったんだ!」


 それでも葬儀はなんとか無事に進行した。 エイプリルは夫に支えられて、最後まで気丈に客たちに対応し、ウィンタース家代々の墓に母が葬られるのを静かに見守った。
 その後、エイプリルはようやく友達のところに来ることができた。 そして参列してくれた級友や近所の友一人一人を抱きしめ、それほど親しくなかった男子とまで抱き合った。
「今夜クリスと向こうへ帰るの。 あの屋敷にはもう一日だっていられない。 母の形見は荷物に入れたわ。 本当にありがとう。 みんなの友情がこれまでどんなに支えになったか。 みんな大好きよ」
「私たちも」
 娘たちが口々に言い、男子たちもうなずいた。
「遅い列車だから見送りに来てもらうわけにいかないの。 だからここでお別れ。 みんなみんな幸せになってね」
 その口調に、ジェンはふと小さな悪寒を感じた。 何かが起こる。 起こりかけているというもどかしさと不安がこみあげてきて、思わず前に出るとエイプリルの手をぎゅっと掴んだ。
「手紙をちょうだい、お願い」
 エイプリルは形のいい眉を上げて、親友を見つめた。
「もちろん。 いつも書いてるじゃない?」
 ジェンの声がいつの間にかしわがれた。
「そういうのじゃなくって、もし……」
 もし、何だろう。 自分でもわからなくて、ジェンは言葉を途切れさせた。 そのとき、エイプリルの眼が急に光を増した。 そして、ジェンをもう一度抱き寄せ、耳元で小さく囁いた。
「もしものときは、必ず書くわ」





表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送