表紙
明日を抱いて
 194 燃え尽きて




 ジェンは帰宅してコニーや双子のにぎやかな歓迎を受け、心づくしの土産を渡し、留守中の話を聞いたり自分もボストン滞在の話を手短にしたりで、やっと時間が空いたときには午後の二時を回っていた。
 何か起きたらマージが電話をくれると約束していたが、まだ来ない。 それでもジェンは、エイプリルを支えたかった。 今回の危篤騒ぎは前の時とはちがう気がする。 考えたくないことだが、ウィンタース夫人はあまりにも長く病気に耐え、そろそろ限界が近づいていた。
「お母さん、私グランドラピッズまで行ってくる」
 コニーはそれを聞いておろおろした。
「一人で? 心配だわ」
「グランドラピッズなら大丈夫。 近いし道も知ってるから」
「でもこれからじゃ、ひょっとすると遅くなるかも」
「マージたちと帰ってくるわ」
 そう言い置いて、ジェンは手早く外出着に着替え、急いで駅へ向かった。


 広い立派な病室には豪華な花が活けてあったが、夫のロイデンの姿はなかった。 替わりにマージとハウイが病室の窓際に腰掛け、手を取り合って、母の傍で手を握っているエイプリルを見守っていた。
 ジェンがそっと覗くと、ベッドの夫人が真っ先に気づき、やせ細った右手を上げて差し招いた。
「いらっしゃい、ジェン。 ありがとう。 どうぞ入って。 あなた達に囲まれていると気が休まるわ」
「こんにちは、おばさま」
 何とか笑顔を作って、ジェンはベッドに近づき、紙のように湿気を失った夫人の頬に軽くキスした。 夫人は微笑み、すがるような眼でジェンを見た。
「この子の味方になってくれたそうね。 これからもお願いするわ。 エイプリルには貴方たちが本当に必要なの」
 それから胃の辺りを押さえて目を閉じた。 エイプリルがベルを鳴らそうとすると、夫人は驚くほど力強くその手首を掴んだ。
「だめ。 まだだめよ。 私のかわいいエイプリル、鋏がどこかにある?」
 エイプリルだけでなく、友達三人も急いで室内を見回した。 マージがすばやく立ち上がって、ベッド横の小箪笥の引き出しを調べ、挟を見つけ出した。
 夫人はエイプリルに小声で頼んだ。
「よかった。 その鋏で私の髪の毛を一房切って、取っておいてね」
 たちまちエイプリルの大きな眼に涙があふれた。
「お母様、そんな……」
「いいから」
 夫人は押し被せるように言い、さらに声を落としたので、エイプリルの他にはすぐ横にいたマージとジェンにしか聞こえなくなった。
「きちんと包んで日付と私の名前を書いて、大事に取っておいて」
 エイプリルはもう逆らわず、エイプリル本人よりほんの少し色の濃い母の髪をそっと切り、ハンカチに包んだ。 ほっとした様子で夫人は微笑み、首をかすかに揺らしながらささやいた。
「幸せになるのよ、エイプリル。 私の分まで幸せに。 最後にドーラに会えなくて寂しいけれど、あの子のためにあなたが何をしてもいい。 私がついてる。 忘れないで」
「お母様」
「ああ、もう我慢の限界だわ」
 夫人は呻き、かっと眼を見開いてハウイに頼んだ。
「モルヒネを注射してとお医者様に言って」
「はい!」
 ハウイは返事の途中でもう病室から飛び出していた。


 それから十分後、夫人は天国へ旅立った。 最期は痛みの少ない眠るような死だった。
 医師が絶命を宣告した後、エイプリルはようやく母の手を離して立ち上がろうとしたが、そこでいきなりぐらっとよろめいて、うつぶせに倒れかけた。
 同時にジェンとマージが両側から支え、近くの椅子に座らせた。 無意識の見事な連携だった。
 エイプリルは額を手で支え、しばらくじっとしていた。 その間、友二人は彼女を守る形で両側に立っていた。
 やがてエイプリルは肩の力を抜き、悄然と立ち上がった。 そして囁くように言った。
「家には帰りたくない。 ここでホテルを取るわ」
「ジョージ・ドレイク・ホテルね。 みんなで一緒に行きましょう」
 マージの言葉にハウイもうなずき、四人は一つの塊になって、静かに病院を後にした。






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