表紙
明日を抱いて
 192 辛い知らせ




 短いボストン滞在は、本当にあっという間に過ぎた。 出発の前の日、ジェンは再びクレムに頼んで、エイプリルのもとへついていってもらった。
 その日は曇りがちだったが、涼しくはなかった。 うっすら汗をかいたジェンがドレクセル邸に入ると、エイプリルがテラスでアイスクリームをご馳走してくれた。
「ここ、冬にはけっこう寒いのよね。 なのに夏はこんなに蒸し暑いなんて」
「住みにくい気候よね。 サンドクオーターは冬こそ冷えるけど、夏はからっとして気持ちがいいものね」
 再びエイプリルの声にあこがれが混じった。 普通の田園地帯で、娯楽などほとんどないのに、エイプリルにはこの立派な都市よりずっと大切な場所のようだった。
「おととい、フイッツロイ先生夫妻が訪ねてきてくれたわ。 懐かしくて、クレアさんに抱きついちゃった」
「そう、よかった! 明日は一緒にミシガンへ帰ることになってるの」
「知ってる」
 エイプリルは真顔になって、ジェンの手を取った。
「先生たちも、私がスキャンダルを起こすなんてとんでもないと言ってくれた。 夫を裏切るようなことはしていないって信じてくれたの」
 ジェンも力強くエイプリルの手を握り返した。
「サンドクオーターの人はみんなそうよ。 涼しくなって社交シーズンが始まれば、もうみんなとっくに飽きている話題なんてどこかへ飛んでいってしまうわよ」


 それから二人は庭をそぞろ歩き、盛りを迎えたダリアやユリの花を楽しんだ。 美しい人工の池の横に座って涼んでいると、メイドが小走りにやってきてエイプリルを呼んだ。
「奥様、お電話でございます」
 エイプリルはすぐ立ち上がった。
「ありがとう、どこから?」
「グランドラピッズの病院だそうで」
 さっとエイプリルの顔色が変わった。 そして一目散に走り出した。
 ジェンもすぐ後をついていった。 グランドラピッズにはエイプリルの病身の母で、エイプリルの娘が名前を継いだディアドラ・ウィンターズのかかりつけの病院がある。 不吉な予感に、ジェンの胸が不規則に騒いだ。


 嫌な推測は、残念ながら当たっていた。 ウィンターズ夫人が朝から急激に元気を失い、徐々に弱ってきているというのだ。 遠距離で接続の弱い電話に聞き入るエイプリルの顔は真っ青だった。
「はい、すぐ戻ります。 今からだと……」
「明日の朝の汽車で一緒に帰りましょう。 クレムに頼んで切符を手に入れてもらうわ」
 ジェンは横で耳打ちし、急いでクレムを探しに行った。


 ドレクセル未亡人は、エイプリルが飛んで帰るのを許可した。 だが赤ん坊を連れて行くことは断固拒否した。
「こんな暑い時期に、ろくな準備もしないで幼いものを汽車の旅に連れ出すなんて、とんでもないことです。 置いていきなさい。 私たちで充分に面倒を見ます」
 エイプリルは歯を食いしばった。 夫は国境近くの材木集積場に家具の材料を仕入れに言っていて、たまたま留守にしている。 味方になってくれる人がないまま、かわいいドラを残していくしかなかった。





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