表紙
明日を抱いて
 189 過去と今と




 ジェンとクレムはすっかり意気投合して、ずっと話し合いながら午後のボストンに戻ってきた。
 クレムはゴシップ好きではなかったが、ゴードン家のことはよく知っていて、ジェンが訊くといろいろ答えてくれた。 その中には、長男のアンソニーが社交界の花嫁候補にうんざりして、山にこもってなかなか降りてこないこと、ピーターも兄の後を追うように冒険の旅に出て、ここ一週間どこにいるのか行方が知れず、両親をひどく心配させていたが、おとといひょっこりと日に焼けて戻ってきたことなど、まだジェンがワンダからの手紙でも知らなかった話が出てきた。
「男子の行動力は計り知れないわね。 特にあの二人は前から活発だったから」
 ジェンが感心とも心配ともつかぬ感想を漏らすと、クレムは一瞬口を閉じて、気軽に助手席に座り込んで金髪を風に吹かれているジェンを横目で見た。
「あこがれが消えてしまうと、何を目標にしたらいいかしばらく迷うんですよ。 特にピーターさんのほうはそうだろうな」
 ジェンはぎくっとなって、クレムを見返した。
「私は別に…… たぶんあなたの考えすぎだと思うわ。 ピーターは私のこと、男の友達みたいに扱っていたもの」
「あなたが?」
 さとすように、また少しからかうように、クレムはやさしく問いかけた。
「こうなると先に婚約したほうが勝ちですね。 でもあなただって、あの二人が生涯の伴侶を見つけたら、少しは寂しいと思いますよ」


 そういうクレムは、兄弟よりむしろ親しいはずのワンダの話をほとんど口にしなかった。 恋が実り、よくわからなかったジョーディの反応のあれこれが後になって理解できるようになって、ジェンはクレムの気持ちをだいぶ察することができた。
 惹かれているのはワンダのほうだけじゃない。 この人も、寂しがりやで甘えたがりで、純な心を持ったワンダに本気で想いを寄せているらしい。
 クレムは、見た目と中身は最高なんだけど、とジェンは密かに考えた。 この世に家柄というものがなかったら、頼もしいクレムはワンダにぴったりだ。 ただ、ワンダはそんなに強い性格じゃない。 あのエイプリルでさえ突破できなかった社交界の壁を突き抜けて、クレムと駆け落ちすることは考えられなかった。


 夕方近くなってメイトランド邸に着いた。 夏の昼間の外出で汗になったので、ジェンはクレムと別れた後、家政婦かメイドに自分の泊まる部屋を訊こうとして見渡していると、玄関広間にさっそうとエリザベス夫人が現れた。
「おかえりなさい。 お部屋は二階よ。 一緒に行きましょう」
 ジェンは目を見張って、思わず口ごもった。
「あの、どうもご親切に」
「別に親切じゃないわ」
 誤解されそうなことをさらりと言って、エリザベスは無邪気な笑顔をジェンに向けた。
「部屋は私が決めたの。 あなたが気に入るかどうか、確かめてみたいのよ」
「まあ、あの、奥様が?」
 ますます戸惑ったジェンが反射的に口にした呼び名を聞いて、エリザベスは顔をしかめた。
「奥様はやめて。 そうだ、エリーと呼んでくださらない? 子供のときにとてもそう呼ばれたかったの。 でも誰も呼んでくれなくて」
 彫像のように堂々と威厳のある顔立ちをしたエリザベス夫人を、ジェンは困りきって見つめた。





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