表紙
明日を抱いて
 181 更に一年半




 これまで本心を黙っていた分、堰を切ったようにジョーディは、情熱的な手紙をジェンに送ってきていた。 そのせいで、今現在どういう状態でいるのか書き忘れぎみだったが、それでも持ち前の社交性でうまく宿を見つけ、現地で友達を作って、そのつてで腕のいい庭園設計者に弟子入りできたと嬉しそうに書いてきた。


『……週に四日は大学で建築と設計を学び、週末はジャック・オーエンス師匠の見習いをやっている。 週日の夜にアルバイトでレストランのボーイをしていたら、新年のパーティーで余興に歌ったのがきっかけで、専属の歌手にしてもらえた。 給料が一気に三倍だよ! 客と掛け合いをするのは得意だし、楽しくやってる。 先のことを考えて切り詰めていた食費が充分使えるようになって、クソ寒いロンドンの冬を乗り切れる自信がついたよ。
 それにしても、ここは空気が汚い。 冷たくても清潔なミシガンの冬が懐かしい。 そして君が!』
 そこからまた延々と愛の言葉が続くのだった。


 学校と家事と友達との付き合い、そしてどんどん近づいてくる恋人の帰国に備えて将来の結婚準備で、ジェンの日々はめまぐるしかった。 その上、大学進学のときが迫ってきた。
 真剣に考えぬいた末、ジェンは決断した。 ジョーディが自らの足で世間に出ていった今、自分だけが実の父に頼ることはできない。 それにメイトランド夫人の気持ちを考えると、夫そっくりの娘が東部の大学に進学して、これ以上人目を集めるのは申し訳なかった。
 マージやダグと並んでトップクラスの成績を収め、さらに上を狙える義理の娘が、デトロイトの近くのアナーバーにあるミシガン大学を選んだと聞いて、ミッチは飛び上がるほど喜んだ。
「みごとに奨学金を取ったからな。 親孝行な娘だ。 弟たちの手本になるな」
 ミシガン大はアメリカでもっとも古い伝統ある大学で、程度が高いし一流の教授が多い。 ジェンの選択は決してまちがってはいなかったが、メイトランドは痛々しいほどがっかりした。


『……残念だ。 本当に残念だよ。 ジョーダンは独立してしまったし、君が来ないということになると、うちは火が消えたようだ。 せめて入学前の夏休みにボストンへ遊びに来てくれないか。 妻もぜひ君に逢いたいと心待ちにしている』


 ジェンは当惑し、迷いながら実父の手紙を箱にしまった。 名門出身のメイトランド夫人が、本当にジェンに逢いたがっているのだろうか。 エイプリルの式のときは体調を崩していて、フィラデルフィアまで来られなかった夫人のエリザベスだが、わずかに聞いた噂によると上品で物静かな女性で、レース編みと刺繍が大の得意らしかった。 あまり打ち解けられるタイプではなさそうだ。
 思い余って両親に相談すると、ミッチが太っ腹なところを見せた。
「もう進路が決まったんだ。 行っておやり。 ジェンがアンバーの寮に入れば俺たちは寂しくなるが、週末にはうちに戻ってこれる。 向こうはあんなに遠くて、もっと寂しいんだから」
 それでジェンは、ゴードン家の人たちに手紙を出して、例年通りチェサピークへ避暑に行く一家と途中で落ち合えるよう約束を交わし、フィリーに住み着いたエイプリルにも逢えると心を躍らせて、出発準備に入った。
 まさかその旅で、エイプリルがとんでもないことになっているのを知らされるとは想像もせずに。





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