明日を抱いて・182

　182　また都会へ

　喜んだメイトランド氏は、使い道に困るほどの大金をジェンに送ってきた。　これではボストンまで五○往復してドレス五十着に毛皮のコートを買ってもまだ余る。　ジェンは悩み、少なくとも四分の三は送り返したいと両親やジョーディに相談した。
　すると、三人が三人とも反対だった。　理由はそれぞれ違っていたが。　母は、そのお金の一部を使って最高の結婚衣装を作り、メイトランド夫妻を招待すべきだと言った。　もちろんジェンは二人を招くつもりだったが、あまりドレスが華々しいと衣装負けしてしまうと内心思った。
　ミッチは新生活のお守りとして貯金しておくべきだと助言した。
「新しい仕事は軌道に乗るまでが大変だ。　世の中には悪いやつがいて、注文を踏み倒したり夜逃げしたりする。　ジョーディは世間知らずじゃないが、それでも万が一のために、頼れる資金があるのは安心だろう」
　そしてジョーディの意見は、はっきりしたものだった。
『なぜ遠慮する？　君の実のお父さんじゃないか。　確かに大金だが、娘を一人ボストンで育てあげるには、その十倍は軽くかかる。　返したりしたら、メイトランドさんはもっとがっかりするよ。　彼にとってはそれほどの金額じゃないんだから』

　夏は農家にとって書き入れ時だ。　ミッチはそれでもジェンを東部まで送っていこうとしたが、幸いマージの父親のフィッツロイ医師が学会に参加するためにプロヴィデンスまで夫人同伴で行くとわかって、一緒に行けることになった。
　前回の東部行きに立派な付き添いをしてくれたアルフは、今ではニューヨーク郊外のジュリアード音楽院の特別修士課程に所属している。　この音楽院はまだ設立されて日が浅いが、ヨーロッパから一流の音楽家を招いてオーガスタス・ジュイヤード氏が創設した上質な学校で、アルフは入学早々才能と技術を認められ、すでに何度か舞台や教会でリサイタルを開いて成功させたため、この秋には公費でフランス留学の話が決まっていた。
　彼の成功の糸口を作ったことを、ジェンは密かに誇りに思っていた。　エイプリルの結婚式を終え、ジョーディと船での幸せな別れを経て故郷に戻った直後、ジェンはマージやサリーらと相談し、中学の先生たちにも話をして、《我が町のアルフを光らせる会》を設立し、寄付をつのった。
　やり方は、ただ募金箱を持って家々を回るだけではなかった。　それもみんなで手分けして熱心にやったが、その際に寄付してくれた人に《奉仕券》を渡して、子守・留守番・刈り取りの手伝いなどが必要なときに出してくれれば、一枚につき三○分奉仕するというおまけをつけた。
　これが忙しい人々に受けた。　運よくこの二年間は天気が順調で、農家や牧畜業者にはゆとりがあり、寄付金は少しずつ積み重なって、一ヶ月を過ぎるころには目標の五分の三まで貯まった。
　半分を越えたので、努力を続けた卒業生たちのやる気は倍増した。　そこへ朗報が届いた。　ジェンたちの苦闘を手紙で知ったメイトランド氏が、アルフの演奏をレコードに録音して送ってくれと言ってきたのだ。　演奏がよかったら、音楽学校の奨学金が取れるという。
　近くのグランドラピッズの町に録音装置があるので、野次馬のエディがポリーを誘ってアルフについていき、アルフは片面五分の演奏を一発で決めて、ごきげんで三人で歌いながら馬車で戻ってきた。
　壊れやすいので思いっきり丁寧に包んで送ったレコードの箱は、奇跡を起こした。　秋の末にジュリヤードから、特別奨学生として学費・生活費無料ですぐ来てくれ、という招待の手紙が舞い込んできたのだ。

　ドレスを新調し、新しい帽子を被って汽車に乗りながら、ジェンはアルフの出発のお祭り騒ぎを思い出していた。　地味な彼は一躍近所の村々の英雄として、よれよれの帽子を振りながら大勢の見送りの中、車上の人となった。　そんなときでも、アルフは決してうろたえたり上がったりしなかった。　そして長旅で学校にたどりつくとすぐ、面白い手紙を《光らせる会》の代表ジェンに送ってきた。
　その手紙では、音楽学校で歓迎されたこと、一曲弾いたら近くの教会でのアルバイト口が見つかったこと、もう他の仕事をしないので体がなまって陸上部に入ったこと、などを楽しくつづった後、最後に心をこめて書いてあった。
『一九○五年度の卒業生のみんな、君たちに逢えたことは僕の最大の幸運だった。　君たちは三年間の付き合いしかなかった僕のために貴重な時間を割き、夢をかなえる道に立たせてくれた。　みんなも夢に向かって進み、幸せと成功を掴むよう心から祈る。　特にかわいいジェン、君がライト兄弟の飛行機さえ飛び越えて、幸福の雲に乗れますように！

感謝と希望で破裂しそうなアルフより』

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