表紙
明日を抱いて
 180 時の流れは




 その後、ジェンは勇気を奮って、一番話しにくい事実を両親二人に打ち明けた。
「おとうさん、お母さん。 もう一つ、大事なことがあるの。 ジョーディは偶然うちの中学に入ってきたわけじゃなかったの。 メイトランドさんに頼まれて、私を護衛するためと、私の様子を報告するために、派遣されていたんですって」


 それからたっぷり一分ほど、馬車の上で沈黙が続いた。 他の二人があまりにも静まり返っているので、ジェンは沈黙に耐えられなくなり、おずおずとジョーディを弁護しはじめた。
「私を守るだけが任務だったの。 仲良くなりすぎるのは禁止されてた。 でも彼は私を好きになってしまって、悩んだあげく、メイトランド家の養子になるのを断って自活することにしたの」
 それを聞いてミッチが顔を上げた。 眼が三角で、口元が震えていた。
「なんだと!」
 ミッチが遠雷のような声で唸ったため、女性二人は思わず身を寄せ合い、吹き飛ばされたように彼から離れた。
 ミッチは激怒していた。
「いったい何が不足なんだ! 家柄か? 育ちがボストンの金持ちには足りないってか! 人間、大事なのは中身だ! あんな骨のある頼もしい若いヤツは、広告出して探したってめったに見つかるもんじゃないぞ!」
 彼の怒りの矛先は、ジョーディではなくメイトランド氏に向かっていた。 それを悟ったジェンは、まず母と飛び上がるようにして抱き合い、それから二人してミッチの太い腕にすがりついた。
「おとうさん!」
「あなた!」
 両眉がくっつくほどのしかめ面で、ミッチは宣言した。
「おれは何があっても、ジェンとあいつの味方だ。 万一留学がうまくいかなかったら、ここへ来ればいい。 あいつなら必ず立派な農民になれる。 おれが基礎から鍛えてやるさ」
 メイトランド氏への対抗意識もあって、ミッチはめらめらと燃えていた。 ジェンは嬉しさ一杯で、笑顔になった母と腕を組み、耳元で詫びた。
「ごめんなさい、お母さん。 また昔の縁を思い出させてしまって」
「ジェンがあやまることじゃないわ」
 意外にも、コニーの眼はきらめいていた。
「ジョーディは私たちからあなたを取り上げなかった。 それだけでも思いやりの深さがわかるわ。 彼の成功を祈りましょう。 きっと石にかじりついてもやり遂げるわよ」


 それからの月日は、長かったのか短かったのか、ジェンには判断がつかなかった。
 これまでの文通相手に加え、恋文まで加わって、毎晩机に向かうジェンの指にはペンだこができた。 メイトランド氏とも今まで通り、手紙の往復は続いていた。 まっすぐな性質のビル・メイトランドは、娘への返事にも実情を隠さず、率直に書いてきた。


『かわいいジェン


 君にはわかると思うが、わたしはどこまでも、君の自由意志を大切にしたかった。 ジョーダン・ウェブスターは、わたしのような男から見ても、非常に魅力的な若い男性だ。 こちらの社交界で彼に好意を持ち、積極的に誘っている令嬢たちを、少なくとも四人は知っている。 彼は礼儀正しく断って、まじめに相手にしようとしなかった。 うまくかわされたお嬢さん方は、いっそう夢中になっていたようだ。
 つまり、彼を護衛に選んだわたしの選び方がまちがっていたらしい。 そう言うとますます君に怒られそうだが、君が知っている元気な田舎の子というのは、彼のほんの一面にすぎないんだ。 実際のジョーダンは学者の息子として育ち、洗練されていて、うちに来る前から礼儀作法が完璧だった。 またサーカスではあの若さで司会を務めていて、燕尾服にシルクハット姿で馬を乗りこなし、曲技団の看板としてもてまくりでもあった。
 つまり、彼は充分稼いでいた。 金でわたしのために働いてくれていたわけじゃないんだ。 君の境遇を聞いて、親を次々と失った不安と悲しみを思い出し、君が不幸にならないよう協力すると申し出てくれた。
 その時点で、わたしは彼を信頼した。 念のため行動を調べさせたが、立派なものだった。 サーカスで初給料をもらうとすぐに、西海岸の宿屋に未払いの宿賃を送って、それからおかみさんとずっと手紙のやりとりをしていた。 父親の消息を知りたかったんだろう。
 彼には、金をためて父親を探しに行くという大きな目標があった。 でも気の毒に、父親はやはり命を落としていた。 その頃にはわたしと妻は彼が大好きになっていたので、養子になってもらおうと決心したんだ。
 彼はすぐには受けてくれなかった。 そういうところが、彼のいい点だ。 妻とも仲がいい。 だが、われわれへの愛情は、君への想いにはかなわなかった。
 彼は自分でも驚いていたよ。 君が頭から離れない、どうしたらいいかわからないとまで言った。 それを聞いて、わたしは昔の自分を思い出した。 そして、わたしよりずっともてる彼が迫れば、君は自分の本心を悟る前にのぼせてしまうかもしれないと気づいた。
 わたしは二人とも愛している。 だからこそ、不幸になってほしくなかった。 それが君のためにかえって迷惑だったのなら、心からあやまる。


君が返事をくれることを深く願う父より』


 ジェンは実父の手紙に、すぐ返事を書いた。 理解と愛をこめて。 ジョーディと愛し合えるようになった今、ジェンは世界中を許せる気持ちだった。


 手紙は遠く離れた友人たちからも、始終届いた。 幼なじみのワンダやトニー、たまには不精なピーターからも来たし、働きに出たデビーや、一年もの新婚旅行からようやく戻ったエイプリルも分厚い手紙をくれた。
 エイプリルは、イタリアで女の子のママになっていた。 大きくて元気な赤ん坊だそうだ。 夫のクリスと寄り添って、レースに埋もれた赤ん坊に頬ずりしているエイプリルの笑顔の写真を、ジェンは複雑な気持ちで眺めた。 彼女は幸せそうだった。 ディック・アンバーはあの日、列車が去るのを放心して見守った後、忽然と村から姿を消して、それ以来誰も見かけていないのだが。





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