表紙
明日を抱いて
 179 両親の迎え




 急行列車は事故も起こさず、無事に故郷の駅に着いた。 これまでこんなに長く子供を手放したことのない家族たちは、土産話をききたいこともあって、大勢駅に詰め掛けてきていた。
 そんな中、ジェンがびっくりしたのは、母のコニーがミッチの陰に隠れるようにして、迎えに来てくれたことだった。 汽車を降りてすぐ二人の元に駆け寄り、抱きついたジェンを、夫妻は両側から囲むように抱きしめ、一塊になって馬のネロの待つ馬車へ向かった。
「ジェンがいないと、本当にうちの中が寂しいの。 双子までなんだかおとなしくて、借りてきた猫みたいだった」
 出発したときより増えた荷物を軽々と馬車に積み終えると、ミッチはコニーとジェンが高い座席によじ登るのを手伝い、笑顔で御者席についた。 家族が幸福そうなので、ネロも首を上げて嬉しげに足を踏み出した。
「ウォーリーとアンディは元気?」
「ええ、あいかわらず丈夫よ。 今日はバンクス夫人が二人の面倒をみると言ってくれたんで、思い切って迎えに来たの」
「うれしいわ、お母さん」
 舗装のない道でぽこぽこ跳ねる馬車の上で、母と娘は再び抱き合った。
「エイプリルの結婚式はどうだったね?」
 あまりゴシップには興味のないミッチだが、ジェンの親友で皆に愛されているエイプリルのことは、さすがに気になるようだった。 それでジェンは家まで戻る道すがら、豪華な式とハンサムで気取りのない新郎のこと、彼の大きな邸宅と美しい庭などについて語った。
「クリス・ドレクセルさんとお母様は良い人だったわ。 クリスさんはエイプリルを大事に思ってくれているみたい。 でもウィンターズさんはエイプリルにろくに別れの挨拶もしなかった」
「あの男はな」
 ミッチが苦虫を噛み潰したような顔になった。 傲慢なエイプリルの父親は、この土地のほぼ全員に嫌われていた。
 それからミッチは、思い出して頭を上げた。
「そういえばジョーディはどうした? 一緒に帰ってくるものと思ったが」
 ジェンは緊張した。 彼の正体を隠しておくことはできない。 一緒に出かけた仲間たちがみんな知ってしまったからだ。
 打ち明けるのは早いほうがいい。 ジェンは揺れる席の上で居住まいを正すと、まず緊急の話題から入った。
「ジョーディはイギリスへ留学したわ。 これから二年間、建築と造園の勉強に」
「え?」
 ミッチはたいへん驚き、コニーも美しい眼を見開いた。
「外国へ? それに二年間も?」
「ええ」
 ジェンの口元が、花のようにほころびた。
「私との将来を真剣に考えたの。 今この国は発展期で、どんどん家が増えているわ。 建築家はますます必要になる」
「そうだろうな、確かに。 だが一人で行っちまうなんて。 ジェンを置いていって心配じゃないのか?」
 ぶつぶつ言うミッチに、ジェンは思い切って真相の一部を話した。
「実は乗船券を二枚買ったんですって。 私も連れていきたかったのよ」
 たちまちコニーが飛び上がりかけた。
「待って! いくらなんでも早すぎるわ! ジェンはまだ高校生よ!」
「だからジョーディはあきらめたの」
 ジェンは我慢できずに大きな笑顔になった。
「私、毎日手紙を書くわ。 そして何日分か貯めて送るつもり。 彼もそうしてくれるって」
 マフラーに包んで贈られた走り書きをコニーに見せると、紙のしわを伸ばしながらていねいに読んで、コニーも笑みを浮かべた。
「キスマークが七つも」
「お母さん、それにおとうさん、私幸せだわ!」
「そうだろうね。 汽車から降りてきたとき、天使みたいに輝いていたよ。 いいことがあったんだろうなと、コニーと話していたんだ」
 ミッチが優しく答えた。





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