表紙
明日を抱いて
 172 すれちがい




 ジョーディがジェンを連れて行ったのは、ドレクセル邸の図書室だった。 そこは気持ちのいい空間で、高窓から差し込む晩秋の日差しが、本棚をよけて設置された大きな暖炉と座り心地のよさそうな安楽椅子を柔らかく照らしていた。
 誰もいないのに火の入った暖炉を手で指して、ジョーディは説明した。
「この部屋は、周りがうるさくなるとクリスが逃げ込む場所なんだ。 友達と内輪で話したいときにも使う。 だからここなら、人が入ってくる心配はないよ」
「ドレクセルさんは趣味がいいのね」
 とっさにジェンはそう答えたが、実際は心が落ち込んでいて、部屋にはほとんど興味がわかなかった。
 ジョーディは暖炉に近づいて、新たに石炭を継ぎ足し、大きく燃えるようにした。 それから、ジェンが椅子に座るのを待って、事務的なほど淡々と話しはじめた。
「メイトランドさんは、君が生まれていたことを全然知らなかった。 その話は聞いたよね?」
「ええ」
「初めて知ったのは、写真からだ。 久しぶりにゴードン家の別荘を訪ねたら、たまたまみんな留守で、しかたなく伝言を書き残して帰ろうとしたときに、棚に飾ってある家族の写真を見たんだそうだ」
 ジェンの指が小さく痙攣した。 家族同然だったジェンは、一家の写真にたくさん写っていた。
「あまり自分そっくりだったから、前からいるお手伝いさんに名前を訊いた。 それで、昔会ったことのある女の子だとわかったんだ。
 そのうちにゴードン夫人が外出から戻ってきて、何も知らずに、君が実の母親に引き取られた話をした。 それもつい一週間ほど前に」
 ジョーディの声は次第に低くなった。
「メイトランドさんは仕事を放り出して、すぐ汽車に乗った。 君が邪魔者扱いされていたら、さらってでも連れ帰ろうと思ったそうだ。
 だが、たった一週間で、君は友達を山ほど作って、新しい父親になついていた。 幸せそうに手をつないで家に入るところを、外からそっと見ていたら、頭をかち割りたくなったと言ってたよ、メイトランドさんは。 予定通り仕事が早く終わっていたら、十日前に休みに入るはずだったんだ。 そのときゴードン家に行っていたら、君を見つけられたにちがいないのに」
 もしそうなっていれば、今頃私はどうなっていただろう──ジェンは過去を思い返してみた。 ゴードン家に不意に自分そっくりの紳士が現れ、実の父親だと名乗ったとしたら。
 すごくまずい事態になったにちがいない。 そう確信できた。 コニーは打ちひしがれただろうし、ミッチは絶対にこっちが引き取るとメイトランドに宣戦布告したはずだ。 意地を張ると、ミッチは相当怖くなるのだ。
「私がミシガンへ行くことは、一ヶ月近く前から決まっていたわ。 たとえ実のお父さんが来て、うちへ来ないかと言われたとしても、私はミッチを待ったでしょう。 そういう約束だったもの」
 ジェンの言葉に、ジョーディは迷わずうなずいた。
「そうだよね。 君ならそうだ。 財産や地位に動かされる人じゃないから」
 声がしゃがれたので、ジョーディは咳払いし、続きに取り掛かった。
「でもメイトランドさんは、ただでは帰らなかった。 地元で評判のいい男の子を雇って、君のことを報告させてたんだ。 その子が通りすがりに、君たちが好きなタイプの子について話し合ってるのを聞いたんだって」
 ある名前が、ジェンの脳裏にひらめいた。
「雇われた男の子って、もしかしてディック・アンバー?」
 ジョーディはかすかに笑った。
「ほんとに勘がいいな。 ディックも鋭かったけどな。 湖で僕を見て、よう、お仲間、と言ったんだぜ」
 夏に友達みんなで泳ぎに行ったときか── あの日、ディックはエイプリルだけでなく私も守ろうとしてたんだ、と、ジェンは悟った。
「お父さんは人を見る目があるわね」
 どうしても声に寂しさが紛れこむのを感じながら、ジェンは言った。
「あなたもディックも頼もしい人たちだわ」
 その言葉を聞くと、ずっと立ったままで語っていたジョーディは、不意に顔をそむけて中庭に面したガラス戸の前に移動した。
「彼からの報告で、メイトランドさんはますます君がかわいくてたまらなくなった。 もっと君をよく知りたくなったんだ。 それで、君の好みらしい僕を見つけて、信じられないような話を持ちかけてきた。 正式な養子として引き取るから、君の同級生になって、できれば友達になってほしいって」
 ジェンが口を開きかけたのを見て、ジョーディは早口で付け加えた。
「君を誘惑してくれなんて言われてない。 それは名誉にかけて誓う!」






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