表紙
明日を抱いて
 170 二つの秘密




 ジェンは立ちすくんだ。 実の父がこの結婚式に招待されているのは知っていた。 だから大勢の客をそれとなく見て探していたのだが、見つからない。 あまりにも人数が多くてまぎれているのだと、今まで思っていた。
 ハンサムな自家用車の運転手に見送られて、ビルは息せききって階段を上がってきた。 そして途中でマージにぶつかりそうになり、急いで詫びた。
「失礼」
 そのとたん、隣にいたジェンと目が合った。


 ビルは驚かなかった。 宝石のように輝く紺色の眼で娘を見つめ、肩からずり落ちかけていたケープをそっと持ち上げて、胸元の紐を結びなおした。
「すごくきれいだ」
 そして、堂々と肩に腕を巻いて抱き寄せると、耳元で囁いた。
「後でゆっくり話そうね」
 父が遅れた説明をするため駆け上がっていく後姿を、ジェンは嬉しさと当惑の半々になった気持ちで見送った。


 珍しく、マージは何と言ったらいいかわからない様子でじっとしていた。 だが、他にもジェンと立派な紳士との交流を見ていた仲間がいて、いっせいに階段を上がってきてジェンを取り巻いた。
「かっこいい人ね! 前にこっちに住んでたときの知り合い?」
「あの人、ここで見た誰より燕尾服が似合ってた!」
 リリーとデビーが興奮して言い合う中、後からゆっくりやってきたキャスが、肝心なことをはっきりと尋ねた。
「あの人、ジェンにそっくりじゃない?」
 追いついてきたハウイが、珍しく怒った様子でキャスの肘を引っ張った。
「おい、よせよ」
 ジェンはすっくと背筋を伸ばした。 もう隠しても無駄だし、そんなつもりもなかった。 庶子だとわかって友達を止める子が出たとしても、しかたのないことだ。
「私の実の父よ」
 リリーが反射的にうなずいた。 そしてジェンに腕をからめると、横に立った。 デビーもすぐ同じことをした。 それは明らかに、大事な友を心無い言葉から守ろうという動きだった。
 キャスは眠そうな眼で二人を眺め、淡々と言った。
「やだ何かまえてるの? ジェンが急に引き取られてきたとき、うちのお母さんが言ってたわよ。 あんないい子がたらいまわしにされるのは気の毒だ、あんたは何でも言い過ぎるけど、あの子には親切にしてあげなさいよって。
 みんなわかってたはずよ? ばれてよかったじゃない。 もう気を遣わないですむんだから」
 それを聞いて、マージがにっこりした。 ジェンは大きく見張った眼で友人たちを見回した後、我慢できなくなって片っ端から抱きしめた。 近くにいたハウイや、追いついてきたダグとエディにまで抱きついたので、エディは喜んでギュッと抱き返し、ダグはびっくりした。
「おいおい、どうした?」
「私って最高の友達に恵まれたなと思って!」
「実はそうなんだ」
 エディが気取って上着のポケットに指をかけてみせた。 彼らはどうやら、ジェンのことをビル・メイトランドとゴードン家の家政婦ヒルダとの間にできた子だと思っているらしいが、ジェンは訂正しなかった。 彼女にも守りたい人がいる。 ガラスのように壊れやすいコニーと誠実なミッチ、そして双子のやんちゃ坊主たちだった。


 そこでジェンは、おそまきながら気づいた。 いつもなら真っ先にジェンをガードする姿がいない。 ジョーディはどこへ行ったのだろう。


 一同は、前より仲が深まった気分で、横に長く並んで広い階段を上がった。 教会堂のように音が反響する玄関広間に入りかけたとき、少し離れた場所で、式のオルガン演奏という緊張する役目を果たしたアルフが、ジョーディと窓際に並んで、何か話し合っていた。
 そこへ赤毛と黒髪の若者たちがやってきた。 式が終わったため帰宅するところらしい。 二人は窓際のジョーディに気づき、赤毛が呼びかけた。
「ジョーダン、ここにいたのか。 メイトランドさんが探してたぞ」
 ジョーディが顔をあげた。 ほぼ同時に、奥の廊下からビルが姿を現して、大股で近づいた。 玄関口にいるミシガン仲間たちは柱に半ば隠れていて、ビルからは死角になっていた。
「ああ、お帰り、ジョーダン。 あの子たちが故郷に帰る前に、ここで内輪に発表しようと思うんだが」
 ジョーディはゆっくり頭を巡らせた。 その視線は、広間に足を踏み込めなくなったミシガン仲間たちが床に落とす影を、しっかりと捉えていた。
「それはどうなるかわかりませんよ、お父さん」





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