表紙
明日を抱いて
 169 新婚旅行へ




 やがて厳粛な誓いの式は終わり、招待客たちは先導されていそいそと、ガーデンパーティーの行われる中庭へ出ていった。
 ミシガンにくらべて気温が高いフィリーでも、十月の末になると戸外では少し冷える。 付き添い娘のジェンたちはお揃いのケープを着こんで、穏やかに凪いだ庭へ出た。
 そこでジェンは奇妙な光景を目にした。 花婿の付添い人の一人が、木陰でさめざめと涙を流しているのだ。 金髪の美青年で、がっちりした体型をしていて、とても簡単に泣くようには見えない。 ジェンが思わず見つめていると、青年は人目に気づいてうつむき加減に歩き去っていった。


 人々が定められた席に着き、おしゃべりが静まると、楽団がワルツを奏ではじめた。 そして花婿が笑顔で花嫁の手を取り、弾むように踊りの口火を切った。
 二人ともダンスの名手だった。 流れるように運ぶ足取りがあまり軽いので、付添い人の一人から掛け声がかかり、花婿の母親にキッと睨まれた。 カップルが一巡した後、花嫁の両親や付添い人、付き添い娘たちが次々と参加して、きれいに刈った芝生の空間は春の盛りの花壇のように華やいだ。
 ジェンはもちろんジョーディと踊った。 ハウイはマージを抱いて天国にいるような顔をしているし、エディはサリーを見事に回しながら何事か囁きかけていた。 ダグがデビーを誘ったので、リリーとキャスはミシガン仲間と踊れなくなったが、二人ともすぐにしゃれた身なりの若者に誘われ、リりーは張り切って、キャスはやや気取った表情で、踊りの輪に加わった。
 青年男女の次に大人たちが誘い誘われて踊りに入り、賑わいはいっそう増した。 小一時間もダンスは曲を変えて次々続いた。
 それからは、お決まりの乾杯・祝辞・余興があり、その間に花嫁花婿はそっと姿を消した。 着換えて新婚旅行に出発するのだ。 やがて二人の用意が出来て、客たちは一斉に玄関前に集合した。
 やがて花束を持って出てきたエイプリルは、華麗な花嫁衣裳のときより一段と大人に見えた。 大きなつばの帽子を斜めにかしげて被り、上質なウールのロングスカートにスエードのジャケットを着て、肩には茶と白の大きなリボンが飾りについていた。 あかぬけたスタイルだが、どう見ても二十代の女性向きだった。 でも今のエイプリルは上手に着こなしていて、似合った。
 新郎のほうは、薄茶のズボンに千鳥格子の上着というくだけた格好だった。 エイプリルは段の途中で止まり、仲間の付き添い娘たちにちらっとウィンクしてから後ろを向いて、大胆に花束を投げた。 リリーが飛び上がって取ろうとしたが、なんとブーケは目をそらしてエディとなにやらしゃべっていたキャスの額にぶつかり、前に落ちて腕に引っかかった。
 キャスが何ともいえない顔になったので、ジェンは笑いをこらえるのに苦労した。 一方、自分が取れなかった腹いせもあって、リリーは派手に笑った。
 キャスは別に怒らなかった。 ただ、花束を虫か何かのように人差し指と親指でぶらさげ、ぽつりとつぶやいた。 それはジェンの耳には聞き取れなかった。 すぐ傍にいたエディには聞こえたらしく、唖然としてキャスを見つめ返していた。


 人々の歓声の中、空き缶とリボンで飾られた馬車は悠々と駅へ向かって進んでいった。 ジェンたちは見えなくなるまで手を振り、新婚の二人も振り返した。
「自動車にしなかったのね」
とデビーが首をかしげた。 若い世代では、もう馬車は古いという風潮だったのだ。
「並んで煙を吹っかけられるのはイヤだと、エイプリルのオヤジさんが言ったんだそうだ」
 情報通のエディが教えてくれた。 噂の主、トマス・ロイデン・ウィンターズは、これで父親の役割はすんだとばかりに、顔見知りの客たちと握手を交わしながら、威張って建物の中に引っ込んでいった。 体の弱い妻のほうは、披露宴の最中に気分が悪くなって、とっくに奥へ消えていた。
 その姿を見ながら、ジェンは衝動的に言った。
「あのお父さん、私嫌い」
 すると、日ごろは考え深く、あまり極端な言葉を口にしないマージが、珍しくすぐ同意した。
「ええ、私も大っ嫌い」
 どちらも、親友を連れ去られた気持ちは同じだった。 言葉少なく腕を組んで、屋敷へ引き返そうとしたとき、表通りを矢のように走ってきた自動車があった。
 ピカピカの車体はドレクセル家の玄関近くに急停車した。 そして中から、シルクハットを小脇に抱いたビル・メイトランドが、大急ぎで出てきた。  





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