表紙
明日を抱いて
 168 失った情熱




 そうこうしているうちに、とうとうエイプリルの婚礼の日が来た。
 ジェンたちが訪れてから、ずっと本館の大広間には様々な布地や家具が運び込まれ、飾りつけが大規模に進んでいたが、屋敷が広いので、客たちが泊まっている部屋にはほとんど音も聞こえてこなかった。
 客といえば、式の前々日と前日には、また何人かの親戚や友人がドレクセル邸に到着して、部屋に案内された。 食事室の長テーブルは二列になり、クリスとエイプリルがまめに紹介してまわったので、年の近い若者たちの間では、グループを越えて仲良くする者が現れた。
 エディはフィリーに来ても、相変わらずもてた。 ただし、ミシガン組の中で老若男女にかかわらず一番好かれるのは、いつものようにジェンで、年配のご婦人方が退屈しのぎにやっているブリッジの人数が足りないと、誘いをかけられたりした。 他の女の子は、たとえエイプリル自身でも、そんなことはなかった。
 当人のジェンは、ちょっと物足りない思いをしていた。 付き合いの範囲がちがうのか、ゴードン一家はこの式に招かれていなかったのだ。 ワンダからの手紙でそのことを知ってはいたが、ジェンは寂しかった。


 式の前、ミシガン組の女子たちはエイプリル用の大きな控え室に集まって、付き添い娘のドレスに着換えた。 仮縫いは到着した日に済ませてあるから、皆サイズぴったりで、淡い橙色が秋の気候によく似合った。
 挙式は大広間で、続く披露宴は、天気がよければ園遊会形式で、雨が降るようなら離れのテラスハウスでと決められていた。 その日は幸いにも薄曇りの上、雲は空の高いところにいて、それ以上天気が悪くなる気配はなく、外でガーデンパーティーができそうだった。


 エイプリルの結婚衣装には、最後の仮縫いに付き合った友人たちでさえ改めて溜息をついた。 襟元は上品なハイネックで、清純な印象のエイプリルの美貌によく似合った。 上半身は絹地に精巧なケミカルレース(薄い木綿に機械刺繍をして生地を溶かし、刺繍だけを残すレース)を重ね、スカートには柔らかいオーガンジーを細波のように幾重にも巻いて、上を十五フィートものレースの引き裾で覆ってある。 これほど存在感のあるドレスは、よほどの美女でないと着こなせなかった。
 それでもドレクセル夫人は不満があるようだった。
「もっと時間があれば手作りのレースにしてほしかったんですけどね。 機械レースは大きなものが買えて便利だけれど、やはり格がちょっとね」
「ヴェールにはお義母さまから頂いた手作りのレースを使いましたわ」
 エイプリルが穏やかに答えた。 そのヴェールもまた豪華版で、薄手のチュールに施された品のいい刺繍に後から小粒の真珠をちりばめ、流行のオレンジの小花をあちこちに刺繍したという、準備期間わずかとは思えない凝ったものだった。


 着替えが終わったときになって、ようやく花嫁の両親がドレクセル邸にやってきた。 望みの高い父トマス・ロイデン・ウィンターズ氏は、婿が名門ドレクセル家の長男でも物足りなかったのだ。 家具屋の息子より、鉄道王や鉄鋼財閥と結婚してほしかったとグチをこぼしてるのよ、とエイプリルが苦笑していた。
 それでもエイプリルの母はさすがに涙ぐみながら娘にヴェールをかけ、父は腕を差し出して、式場に連れ立っていった。 二人が大広間に姿を現すと、会場を埋めた客から一斉に感嘆の声が漏れた。
 付き添いとして二人の前に入場していたジェンは、花嫁側に立って見守りながら、胸がちくりと痛むのを感じた。 こんなに美しく、王女のように威厳のあるエイプリル。 これだけの式が似合う彼女は、やはり日雇いのディックとは距離がありすぎたのではないか。
 でも、汽車のタラップでディックを見つめ続けていたエイプリルの眼には炎があった。 クリスを見るときの穏やかな視線からは想像がつかないほどの情熱が、あの眼には一杯にたぎっていた。





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