表紙
明日を抱いて
 163 気軽な花婿




 全部で十二人という大量の客と大荷物を、エイプリルは見事にさばいた。 到着の何日も前に市電会社と交渉して、特別車を一台借り切り、運行表にもぐりこませたのだ。
 エイプリルは荷物運びの使用人を三人連れてきていた。 だから一行はあっという間に特別電車に荷物と共に乗り込み、快適におしゃべりしながら町並みを眺めつつ、高台にあるドレクセル邸へ悠々と運ばれていった。


 フィリーはアメリカの中では歴史の古い土地で、人道的な指導者ウィリアム・ペンが建設した町だ。 その名残か、全体的に落ち着いた雰囲気があって、けばけばしくなかった。
 上流階級の住む山の手地区には、歴史を感じさせる立派な建物がずらりと並んでいた。 そんな中で、ドレクセル家の建物は比較的新しく見えた。 玄関前の階段は大理石をぜいたくに使い、中のホールにも白の中に黒のダイヤモンド型をちりばめた大理石の床が続いていたし、天井は吹き抜けで、羽のような形をした天窓が大きく広がっていた。
「ここ、教会みたいだな」
 圧倒されたダグが、エディにひそひそ耳打ちした。 確かに音響効果がよく、静かに歩いているのに靴音が壁や天井に反射して響いた。
 女性の使用人が次々に現れ、帽子やケープを受け取って持ち去った。 一同がホールから広い廊下にさしかかったとき、奥から早足で若い男性がやってきて、明るく声をかけた。
「やあ、いらっしゃい。 クリス・ドレクセルです」
 ジェンは思わず目をぱちくりした。 写真とはだいぶ印象がちがう。 美男は文句なく美男なのだが、もっと気取った感じかと思ったのに、彼はとても気さくだった。
 大体、服装がびっくりだった。 画家が着るようなだぶだぶの白いシャツに、あちこちしみのついた皺だらけのズボンを穿いているのだ。 これが大きな家具会社の社長とは、ちょっと思えなかった。
 全員と握手しながら、クリスはどんどん話していた。
「遠いところをお呼び立てして申し訳ない。 僕はどこで式を挙げてもいっこうに構わないと、ウィンターズ家にお知らせしていたんですよ。 それなのにうちの母とウィンターズ氏が結託して、ここで派手な式を出さないと尻を蹴って叩き出してやるなんて言うもので」
「クリストファー!」
 彼の背後で悲鳴に近い声が上がった。 そして、小柄な妖精のような中年婦人が鳩のようにちょこまかと姿を見せた。
「何て下品なことを言うの! 私たちが、いったいいつあなたの……そこを蹴るなんて言いました?」
 クリスはフランス人のように肩をすくめて笑った。
「言葉のあやですよ、お母様。 みなさん、この人が僕の恐るべき母です。 かわいいでしょう? そしてこちらはエイプリルの学校友達の方々です、お母様」
 すると小鳩のようなドレクセル夫人は、緊張した面持ちでずらりと並んだ少年少女たちを見渡して、にこりと微笑んだ。 息子とちがってきっちりした服装だが、気取った雰囲気がないのが共通していた。
「こんにちは。 疲れたでしょう? 二階に泊まる部屋を用意させました。 偶数だと聞いたので、二人ずつのお部屋でよろしい?」
 近くのホテルに泊まるものと思っていた一行は驚き、内心ホッとした。 これで滞在費の半分は故郷に持って帰れる。
 みんなを代表して、マージが礼を述べた。
「もちろんです。 ご好意ありがとうございます」
 にこにこしていた夫人の視線が、不意にジョーディの上で止まった。 彼は後ろのほうで、同じぐらいの身長のエディの斜め後ろに立っていたのだが、それでも夫人の鋭い目からは逃れられなかった。
「まあ、こんにちは、ジョーダン。 いつこちらに戻っていらしたの?」
   





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