表紙
明日を抱いて
 161 恋の終わり




 エイプリルの未来は、凄い速さで次々と決まっていた。
「式は三週間後なの。 だから明日には、もう出発しなくちゃいけない。 誰かフィリーまで来てくれる人はいる? 私の式で付き添いをしてくれたら、一生感謝するわ」
 すぐにマージがエイプリルに寄り添った。 ジェンもほぼ同時にエイプリルに手を差し伸べ、三人はしっかり手を握り合った。
 雑貨屋の三女リリーは、サリーと顔を見合わせてもじもじした。
「私、すごく行きたい。 でも無理だわ」
 サリーは優等生だが奨学金で高校に進学した身だし、雑貨屋は繁盛しているとはいえ、高い汽車賃やホテル代を払って娘に旅させるほど収入に余裕があるわけではなかった。
 エイプリルは眉を寄せ、懸命に頼んだ。
「フィリー(フィラデルフィアの略称)は、ドレクセル家の本拠地なのよ。 向こうの親戚や知り合いが山のようにいるの。 そんな土地柄で、私が心を許せるのはあなたたちだけ。 だからお願い、全部私が準備するから三日間来てもらえない?」
 少女たちは感激して目を見交わした。 これまでエイプリルのおかげで、どんなに楽しくて特別な学校生活が送れたことか。 アゴ足付きでフィリーまで旅ができて、しかもそのエイプリルに喜んでもらえるなら!
 サリーが心を決めて口を切った。
「行かせてもらうわ。 親は許してくれると思うし、妹のペグが下の子の面倒を見てくれるでしょう」
 これでリリーも踏ん切りがついた。 それで、新しく入ってきた客に煙草を売っている父のところへ行って、相談を始めた。
 カートは少し腕を組んで考えていたが、やがてうなずき、顔を上げて額に手をあて、エイプリルに軽く敬礼するような仕草をした。
「結婚おめでとうエイプリル。 おっちょこちょいな娘なんで、広い都会で迷子にならないよう頼むよ」
 エイプリルは満面の笑顔になって手を振り返した。


 翌日の午後、準備の都合でエイプリルはあわただしく村を去っていった。
 式には女子だけでなく、ハンサム・エディとジョーディ、それにサリーのよきライバルのダグも出席することになり、ハイマンズウェル駅まで揃って見送りに来た。
 いつも好きに振舞っているエイプリルの父トマス・ロイデン・ウィンターズと、病身で気力のない母のディアドラの姿はどこにもなかった。 エイプリルをエスコートするのは、一同が見たことのないがっちりした男性と地味な中年婦人の二人だ。 男性の鋭い眼差しと盛り上がった脇ポケットを見て、ピストルを持っているにちがいないとジェンはにらんだ。 彼はエイプリルの護衛か、または見張りなのだ。
 少年少女たちはエイプリルを取り巻いて、汽車が煙を吐きながら駅へ入ってきても、なかなか傍を離れなかった。 発車間近になって護衛の男性が咳払いしたため、エイプリルは仕方なくタラップを上がったが、客室には入らず、帽子を吹き飛ばされそうになっても段の上で手を振って別れを惜しんだ。
 その視線が、不意に友人たちから外れた。 エイプリルの顔がねじまげられたように正面を向いたので、見送っていた若者たちもつられてその方角を見た。
 線路脇に、男が一人立っていた。 古びたネルのシャツとオーバーオール姿の大男が、肩に鋤〔すき〕をかついだまま、食い入るようにエイプリルを見つめていた。
 ディックだ!
 ジェンは心臓が不規則に高鳴るのを感じ、隣に立つジョーディの手を強く握った。
 エイプリルもディックから目を離さなかった。 やがて粋な飾りのついた小さな帽子が、ついに風で飛んだが、抑えようともしなかった。
 列車はスピードを増して、どんどん遠ざかっていった。 はためいていたエイプリルのスカートが見えなくなり、汽笛の音も聞こえなくなった。 同級生たちはがっかりした寂しい気持ちで、連れ立って外に出た。
 角を曲がる前に、ジェンは一度、線路を振り返った。 ディック・アンバーは、まだ同じ場所にいた。 ぴくりとも動かず、まるで彫像のように立ち尽くしていた。 すべての気力を失ったかのように。





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