表紙
明日を抱いて
 160 村を去る人




 エイプリルの言う『向こう』とは、東部の大都会フィラデルフィアだった。 彼女はそこで、クリストファー・ドレクセルという男性と、間もなく式を挙げることになっていた。
「クリスは家具会社の持ち主なの。 明るくて親切な人よ。 どんな人かは、これを見てちょうだい」
 エイプリルがバッグから取り出した肖像写真は、たちまち少女たちに回覧された。
「美男子ねえ」
 粋な感じにオットマンに足をかけた青年の写真を眺めて、デビーが声を上げた。 ジェンはなんとなく見たくない気分だったが、写真のほうが回ってきたので仕方なく目をやった。
 確かにクリストファー・ドレクセルは美男だった。 それもそんじょそこらのハンサムではない。 目がさめるほどの華やかな美貌の持ち主だ。
「この人がエイプリルと並んだら、すごくお似合いの花嫁花婿ね」
 サリーが感心して呟いた。 男嫌いのキャスは、ちらっと覗いただけで興味を失ったようだった。
「確かに顔はいいけど、ねえエイプリル、この人のどこが気に入ったの? あなた男の顔なんてどうでもいいタイプじゃない?」
 ディック・アンバーも相当な美形だ、とジェンは思った。 だが、エイプリルが好きなのは、いや、好きだったのは彼の顔じゃない。 あのさっぱりした誠実な性格だ。
 エイプリルは薄く笑って、モニカの手から写真を取り戻した。
「言ったでしょう? いい人なのよ。 親切だし、話がわかるの」
 すると、それまで無言だったマージが、静かに尋ねた。
「他の誰よりもドレクセルさんが好き?」
 とたんに、それまで愛らしく桜色だったエイプリルの頬が、さっと青ざめた。 そして珍しく尖った声になって言い返した。
「好きだから一緒になるのに決まってるじゃない? クリスの家は三五部屋あるのよ。 それに使用人が四三人。 離れと温水プールもあるし、近くにお義姉さん夫婦の邸宅まであるの。
 でも私、しっかり切り回してみせるわ。 世間知らずの田舎者と言われたから、よけいにファイトが沸いた」
 たちまち他の女の子にも怒りが伝染した。
「誰が言ったの、そんなこと? その義理のお姉さん?」
「よりにもよって、私たちのエイプリルに向かって!」
 マージは平静な口調のままで応じた。
「何言われたって気にすることないわ。 その四三人の使用人は、あっという間にあなたの味方よ。 お母さんに代わって子供のときから家を仕切ってきたあなただもの。 フィリーの大邸宅だろうが大統領官邸だろうが切り回せるわ。 自分でもわかっているでしょう?
 でもエイプリル、あなたは都会の女王様にはもったいない。 狭い社交界じゃ、きっと息が詰まるわ」
 エイプリルはまばたきした。 それからキャンディのケースを開けてハッカ飴を一つ取り出し、店の主人のカートに見せてから、口にポンと放り込んだ。
「そうね、たぶんあなたの言うとおりだわ」
 あっさり認めた後、彼女はその日一番の愛らしい笑顔を浮かべた。
「なんとか息抜きしなくちゃ。 きっとクリスが協力してくれるわ。 ユーモアと思いやりのある人だから。 ただし」
 澄んだ青い瞳が、名残惜しそうに雑貨屋の粗末なカウンターと木の椅子を見渡した。
「ここみたいに落ち着けるところは、向こうじゃ見つかりっこないわね。 だってフィリーには、あなたたちはいないんだもの」






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