表紙
明日を抱いて
 159 爆弾発言で




 高校最後の夏休みは、それなりに楽しかったが、最高というほどではなかった。
 理由は一つ。 エイプリルがいなかったからだ。
 思いやりのある彼女は、自分がいない間も馬車の手配を指示してくれて、のどかな春の間、仲間たちはいつものように楽に学校へ通うことが出来た。 しかし、エイプリルのいない車内はなんとなく寂しかったし、まとまりに欠けた。


 女子たちは、その夏もよく集まって、アイスクリームをほおばりながら雑談に花を咲かせた。 だが、回数は減った。 ほとんどの娘に、決まった相手が現れたためだった。
 その代わりに、カップルが幅をきかせるようになった。 ハウイはマージにつきっきりで、付き合いが悪いと男子たちによく責められていた。


 ジェンは、気温が上がってますます元気な双子の面倒を、せっせと見ていた。 二人ともずいぶん体力がついて、いろんないたずらを考え付くので大変だったが、その年は特に彼らが愛おしく、いくら暴れても怒る気になれなかった。
 その理由は、春先に起きた騒ぎにあった。 ちびたちは見かけが違うのに体質は似ているらしく、一人がはしかにかかると、もう一人もあっという間に寝込んで、高熱を出した。
 まだ小さいのに発症したため、一家はひどく心配したが、幸い二人とも体が丈夫で、何とか病魔を乗りきり、後遺症もなく二週間ほどで元気になった。
 その間、ジョーディはずいぶん頼りになった。 熱を冷やすのにせっせと氷を運んでくれ、なおりかけのときに、野菜が体にいいからとニンジンのすりおろしジュースを作って、少しずつ飲ませた。 味に甘みがついて、ちびたちは水より喜んで飲んでくれた。


 ウォーリーとアンディが元気になった後で、ジェンは衝撃の知らせを聞いた。 洗濯係のバンクス夫人が二日ほど姿を見せないなと思っていたら、次男のディルが亡くなったというのだ。
 雑貨店に鎌を買いに行ったミッチが、噂を耳にして戻ってきた。
「ディルは重いはしかで、肺炎になっちまったそうだ。 かわいそうだが、たぶんディルからうちの坊主たちに伝染したんだな」
 ジェンは涙を止められなかった。 生意気で面白い子だったディル。 最近はずいぶん大人びて、地域新聞や酒の配達などをして働いていたのだが。


 マクレディ一家は、ディル・バンクスの葬儀に参列した。 一家は村はずれに孤立して住んでいて、評判はよくない。 葬式に顔を出した者は、一家の他にはディルを雇っていた新聞社のレイマンと酒屋のティニーだけだった。
 途中で、町へ働きに行っている兄のボブが駆けつけた。 そして母のバンクス夫人と抱き合って泣き崩れた。 ボブは以前、泥棒の疑いをかけられたことがあって、気まずい村から離れて出稼ぎに行っていたのだ。
「ディルがいないんなら、こんな村にいるこたぁねえ。 ちっと給料が増えたから、町へ来て一緒に住まねえか?」
 弟そっくりの訛りでボブは母に勧めたが、バンクス夫人は首を振った。
「いや、ここでなら私もちっとは働ける。 でも町に行ったらおまえのお荷物になるだけだ。 気持ちはうれしいよ。 体がつらくなったら、世話になりに行くよ」


 ジェンには大変な春だった。 だから、気が抜けたような夏でも、事件がないのはありがたかった。
 しかし、最後に爆弾が待っていた。 夏の終わり、不意にエイプリルが帰ってきて皆をぬか喜びさせた後、こう告げた。
「私、向こうで結婚することになったの」





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