表紙
明日を抱いて
 152 絵を描きに




 大部分が凍った川に別れを告げて、二人は急ぎ足でマクレディ家に向かった。 コニーはジェンがジョーディを引っ張るようにして門から入ってくるのを窓から見つけ、喜んで戸口に現れた。
「いらっしゃい、ジョーディ! 元気そうね」
 ジョーディは耳まで覆った毛糸の防寒帽を脱いで、にこっとした。
「こんにちは、コニーさん。 今日は絵のことで来ました。 僕の絵で気に入るかどうかわからないけれど、おいしさが見て感じられるように描きます」
 コニーは目を輝かせ、両手を組み合わせた。
「ありがとう。 あなたが描いてくれれば嬉しいわ。 知らない人には、できれば頼みたくないの」
「ほらね」
 横でジェンが嬉しそうに囁いた。 来る道すがら、僕は絵が専門じゃないから、と心配するジョーディを、ジェンは言葉を尽くして説得した。 あなたは文句なしにうまい! から始まって、お母さんにはプロよりあなたのほうがずっと合ってる、まで、思いつく誉め言葉はすべて言った。 その結果、ようやく彼をここまで引っ張ってくることができたのだ。
 ジェンは絵の専門家ではもちろんなかったが、彼が本当に上手なのを知っていた。 高校の絵画教師が、ジョーディの描くスケッチの力強さに感動して、奨学金を取ってニューヨークの美術大学へ通わないかとさかんに勧めているのを聞いたからだ。


 気取らないジョーディは、いそいそとコニーが出してきたエンゼルケーキとコーヒーをご馳走になった後、すぐにスケッチに取りかかった。 彼はまったく気難しくなく、そばにジェンがいて描くところを眺めていても平気だった。
「気が散るなんてことはないよ。 ぎゅう詰めで大揺れする列車の中でも描ける。 だから言ったろ? 僕は芸術家じゃないんだから。 正確に描ければ、それで充分なんだ」


 もう暗くなりかけた午後四時半、ネヴィルがせかせかとやって来た。
「こんな時間で申し訳ない。 汽車が故障で一時間半も遅れてね」
 明るい声を振りまきながら入ってきたネヴィルは、台所でコニーの後ろに立って、料理道具をせっせとスケッチしているジョーディを見て、はっとしたように立ち止まった。 そして案内してきたジェンを振り返ると、声を潜めて尋ねた。
「あれが画家さん?」
「ええ」
 ネヴィルは口を尖らせ加減にしてジョーディをしげしげと観察しながら、軽い口調で言った。
「僕がマクレディさんなら、あんな若者には妻の傍に近寄らせないな。 いい男すぎるだろう。 腕っぷしも強そうだし」
 ジェンの目が、みるみる鋭くなった。 いったい何を言ってるんだ。 この薄っぺらな町男が!
「ジョーディはまだ高校生です。 いやらしい目つきで見ないで!」
 そういい捨てて、さっさと台所から離れるジェンを、ネヴィルはあわてて追いかけてきた。
「気にさわったらごめん。 君のお母さんが浮気するかもと言ってるわけじゃないんだ」
 浮気だと? なんて下品な! ジェンは顎を上げて、きっぱりと言い返した。
「健全な家庭雑誌を出している出版社の人が、そんなことばかり考えていていいんですか? 私には貴方の気の回し方のほうが危険に思えるわ」
 ネヴィルは苦笑して、今度はジェンを子ども扱いする手に出た。
「いや、君はまだ純粋だから、大人の世界はわからないんだ。 確かに僕も言い過ぎた。 彼の顔じゃなく、絵を見に来たのにね」
 この言い訳で、噴火しかけていたジェンの頭も、少し冷静になった。
「さっき二枚仕上げていたから、見てくれます? 今ジョーディと話してきます」





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