表紙
明日を抱いて
 151 説得されて




 ジョーディは手にした金属製の罠を持ち上げてみせて、しかめ面をした。
「こんなものを夜の間に仕掛けるやつがいるから、早起きして取り外さないといけないんだよ。 やつらはかわうそを食べるわけじゃない。 毛皮が欲しいだけなんだ」
 食料にするなら仕方がない、というのがジョーディの考えだった。 生き物は生き物を食べなければ死ぬしかないのだ。 だがかわうその毛皮だけを獲るために殺すのは、いくら保温性がいいからといって、彼には許せなかった。
「ここより遙か北のアイスランドでは、油が残ったままの毛糸で編んだセーターで極寒の海に出て行くんだ。 なにもかわうそやビーバーを山のように殺して毛皮を獲らなくたって、防寒着は作れる。 もうヨーロッパじゃどちらも姿が見えなくなったという話だ。 皆殺しにしてしまったのさ」
 ジェンはぞっとした。 アメリカでもずいぶん動物が消えている。 空を覆うほど飛んでいた旅行鳩、草原を走り回っていたバッファロー。 どちらも白人が移住してから二百年たらずで、ほぼいなくなってしまった。
「でもジョーディ、気をつけてね。 毛皮商人は荒っぽい人が多いそうよ。 あなたが罠を外しているのに気づいたら、襲ってくるわ」
 ジョーディは落ち着いた表情で、罠に何かを結びつけた。 ジェンが見ると、それは油紙に書かれた禁止の表示だった。
「トレメイン川を管理しているグランドラピッズ市議会に条例を作ってもらったんだ。 この流域では罠をかけると罰せられる」
「いいことしたわね、ジョーディ!」
 ジェンは息を弾ませた。 動物はみなそれぞれの役割を果たしていて、地域の役に立っている、という考え方が、ようやく世間に認められ始めた時代だった。 いつまでも故郷は美しく平和であってほしい。 そのためには、トレメイン川もかわうそやビーバーの住む健全なマスキーゴン川の支流でいてほしかった。


 安心してジョーディと共に、うまく草むらや川岸に隠された罠を探しながら、ジェンは話を切り出した。
「あのね、前にもちょっと話したけど、お母さんの料理の挿絵を描いてくれないかな。 あなたの絵は生き生きしていて、今にも動き出しそうで、あれなら料理が嫌いな人でも作りたくなっちゃうと思うの」
 ジョーディはくすくす笑い、不意に現れて甘えてきたかわうそのつやつやした頭を撫でてやった。
「タルトやクッキーに脚が生えて行進するのかい?」
「それも可愛いかもね」
 ジェンも微笑み、歩き回って熱くなった首からマフラーを外した。
「男子だから料理の挿絵なんて嫌?」
「そんなことはない」
 ジョーディはきっぱり首を振った。
「ただ、自分ではそんなにうまいとは思えないんだ。 できるだけ正確に描いているだけで」
「マーシャルさんが編集長に見せて、合っていると思えば採用されるわ。 絶対にいいと言うと思う。 女子の私がすてきだと思うんだもの。 本ができたら、読者は私たちよ」
 ジョーディは集め終わった罠を強く踏んでバネを壊した後、目立つ場所に積み上げた。 それから丸い眼で熱心に見つめているジェンを振り返り、苦笑に近い表情で答えた。
「とにかく、これから君んちへ行くよ。 一枚描いて、お母さんの反応を見よう」





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