表紙
明日を抱いて
 150 母はお仕事




 新婚のレニーが、待望の子供を授かったと飛び込んできたのが、新年早々だった。 これにはミッチも大喜びで、ジャックを交えてビールで乾杯した。
 そして、予定日が七月初めと知ると、まだ収穫の時期ではないから、いざとなったら有給休暇を三日間出そうと気前よく約束した。
「ベニー夫婦は子供好きなんだ。 丈夫な子が生まれてこの土地に根を下ろしてくれりゃ、後々何十年も腕の経つ部下がいてくれるわけで、マクレディ家にとって万々歳さ」
「あの二人は本当に、探してもなかなか見つからないぐらい働き者でいい人たちだから、大事にしなくちゃね」
 コニーはそろそろ立っちしそうな双子を両脇に置いて、せっせとペンを走らせていた。 コニーのケーキがあまりにも美味なのを聞きつけて、ランシングの出版社がケーキの本を出さないかと申し入れてきたのだ。 コニーは初め、びっくりして尻込みしたが、ジェンは強く勧めた。
「秘伝のスフレとか、苺のタルトみたいな手の込んだものを教えなくていいのよ。 あれは我が家の秘密だもの。 でも基本のパンケーキやジンジャークッキーが、お母さんの工夫であれだけおいしくなるのを、黙ってたらもったいないわ。 人のためになってお小遣いが稼げるなんて、最高じゃない?」
 妻が自慢のミッチも諸手を挙げて賛成した。 出版社は初め、文章だけの本にする予定だったが、それではわかりにくいと、ジェンが連絡係の社員を通じて編集長を説得した。
「絵を入れませんか。 むしろ絵が中心で、説明は短くして。 そのほうが出来上がりの姿がよくわかるし、作り方も図解のほうが絶対にわかりやすいでしょう?」
 初めは少女の話を適当に聞いていた社員も、ジェンの説得力に負けて会社で提案してみた。 幸い、編集長は話のわかる男で、
「絵本のような料理本? 面白いじゃないか。 料理なら女性のほうが絵がうまいかもしれん。 そのサンドクォーター村近くに、挿絵の描ける女性がいないか、当たってみてくれ」
と逆提案してきた。


「プロの絵描きじゃないほうが制作費を抑えられると、編集長は計算しているんだよ」
 三晩降ったり止んだりした雪がようやく上がった一月中旬、編集社員のネヴィル・マーシャルが九日ぶりに橇で訪れて、ジェンに内緒話をした。 彼はまだ二三才の若者で、年が近いため、会って一ヶ月足らずで、すっかりジェンと仲良しになっていた。
 彼の大好きな熱いミルクコーヒーを出すと、ジェンは人見知りな母の代わりに話を聞いた。
「母上のためにわかりやすい挿絵を描けそうな人は、見つかった?」
 ジェンはちょっとためらった。
「候補は何人かいるの。 ただ、描くのが早くて上手で、母とうまくやれる人というのは」
「いない?」
「います。 ただ、男の人なの」
 びっくりして、ネヴィルは眉を吊り上げた。 初対面のときコニーの美貌にどぎもを抜かれたネヴィルが、更に驚いたのは、彼女のはにかみ癖だったのだ。 特に男性にはあまり口がきけないようだった。
「それはそれは。 どんな人?」
 ジェンはもじもじした。
「まだ学生。 母にとっては息子みたいな人」
「へえ」
 ネヴィルは好奇心と実務上の必要から、ぜひ『その子』に会って腕前を知りたいと言い出した。


 それでジェンは木曜日に、凍りついたトレメイン川へ出かけていった。 今年ジョーディはクリスマスの前後に少し姿を消していただけで、正月にはもう下宿に戻って普段の見回りを続けていた。
 分厚いコートにエイプリルのパーティーでもらった水色のマフラーと手袋を身につけたジェンが、軽やかな足取りで森の小道を歩いてくるのを発見して、ジョーディは撤去した罠をぶらさげたまま、川岸を小走りでやってきた。
「やあ。 今日は早いね」
「早すぎてまだ来てないかと思ったけど、いてくれてよかった」
 そう答えて、ジェンは輝くような笑顔を見せた。





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