表紙
明日を抱いて
 142 父の返事に




 コニーはジェンを大人のように扱って、ビルとの思い出を丁寧に話してくれた。 コニーにとってその経験は、短いけれど真珠のような柔らかい光を放つ綺麗な思い出だった。
「ビルが結婚したと新聞で読んだとき、幸せになってほしいと心から願ったわ。 あの人は、ジェンにはどう見えた?」
 美しい眉を寄せて、コニーは真剣に訊いた。 それでジェンも集中して、初めて会った実父の姿を頭に思い浮かべた。
「印象的だったわ。 大きくてはつらつとしていて、若く見えた」
 三七歳だと自分で言っていたが、ジョージも口にしていたように、三○そこそこにしか見えなかったのを、ジェンは密かに嬉しく思った。 あれは健康で、生きているのを楽しんでいる男性の姿だ。 口では疲れたようなことを言っていたが。
 コニーはほっとした様子でうなずき、そっと言った。
「お元気なのね。 よかったわ」
「それでね」
 ジェンは思い切って切り出すことにした。
「私と手紙のやりとりをしたいって。 かまわない?」
 コニーは娘の顔を少し見つめた後、両手で顔をはさんで頬にキスした。
「もちろんよ。 ジェンは秘密を持たない主義なのね。 今でもあちこちにたくさん手紙を書いているから、切手代が大変でしょう? なんなら私が……」
 服のポケットから小銭入れを出そうとするコニーを、ジェンは止めた。
「だいじょうぶ。 鶏がまた増えたから、卵の代金でやっていけるわ。 インクも大瓶を買ったばかりだし」
 二人は顔を寄せたまま、小さく笑いあった。


 北国の夏は駆け足で過ぎていき、新学期が近づいてきた。 ジェンが初めて書いた実父への手紙には、驚くほどの早さで返事が来た。


『かわいい僕の娘、ジェン


 すぐ手紙を書いてくれて、こんなに嬉しいことはない。 夏の農場の様子や、友達との楽しい付き合いが目に見えるようで、何度も読み直して皺になってしまったよ。
 それと、コニーの側の事情を教えてくれて、ありがとう。 微妙な話なのでここで詳しく書けないが、僕はあのときでも怒ったり恨んだりはしなかった。 ただ、落ち込んだのは確かだ。 コニーは僕が初めて好きになった人だからね。
 マイラの正体だけは教えておこう。 僕のすぐ下の妹だ。 すごく元気なおてんば娘で、僕のすることは何でもやりたがった。 そのせいで落馬して首を折った。
 マイラのことはうちのタブーで、誰も口にしない。 コニーを誤解させて、すまなかったと思う。 結局、僕が急ぎすぎたのだと、十六年が過ぎた今は考えている。 若くて、未熟だった。 今でも大して変わらないかもしれないが。
 また手紙をくれるね? 一度で病みつきになって、もう次を楽しみにしているんだ。 幸せな学生生活を送っていて、うらやましいぐらいだよ。 僕のほうも何か楽しい話を書きたいが、文才がないし、仕事のことでは君を退屈させるだけだろう。
 君へいい返事を書きたいなら自分ももっと楽しいことをすべきだと、妻のベスに忠告された。 まったくそのとおりだ。 事業は順調だし、今年から少し肩の力を抜いて、余暇を作ろうと思う。 だから君が一杯書いてくれれば、いくらでも返事を書くよ。
 
君の最新の写真が欲しい父より』



手紙の最後の部分にジェンは驚き、目を丸くした。 妻のベス? 奥さんは確か名門の令嬢のはずだが、夫の娘を認めているのだろうか?
 さっそく、できるだけ自然に撮れている写真を探しながら、ジェンは気づいた。 お父さんが私に似てるのは、顔だけじゃない。 できるだけ秘密を作ろうとしない性格も同じらしい。





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