表紙
明日を抱いて
 141 消えた手紙




 目に輝きを残したまま、コニーはしみじみと言った。
「そんなことする勇気が出たのは、ビルのおかげよ。 彼の傍にいると、すべてが気楽に思えた。 すごくうまく庇ってくれるんだもの」
 そこでコニーの笑顔に翳りが出た。
「でもね、私といて、彼は幸せじゃなかった」
 ジェンはびっくりして座りなおした。
「え? どうして?」
「私より好きな人がいたから。 たぶん亡くなった人」
 コニーは正直に答えた。
「夜中に夢を見て叫んだことがあったの。 一度じゃない。 三回はあったわ。 すごく悲しそうに女性の名前を呼んでいた」
「なんて名前?」
 ジェンが息を殺して訊くと、コニーは寂しそうに教えてくれた。
「マイラ。 そういう名前だった」
「尋ねてみた? マイラさんって誰って」
 コニーは首を振った。
「訊けなかった。 その人は私にどこか似てるんだろうと思う。 あ、逆ね。 私を見るとその人を思い出すんだわ」
 ウォーリーが熟睡したまま、鼻を鳴らして甘えた声を出した。 コニーはゆっくりゆりかごをゆすり、もう片方の手をジェンの手に置いた。
「でもそのマイラさんは、とても元気な人だったみたい。 雨なのに遊びに行っちゃだめだとか、馬をそんなに走らせるなとか、彼はいつも夢の中で、マイラさんを引き止めたり、たまにはけしかけたりしていたわ。 二人は一緒に冒険していた仲だったのね。 私とはまったく違う」
 コニーの声に不思議な勢いが出た。
「そう気が付いたら、夢から覚めたようになったの。 むしょうにうちへ帰りたくなった。 ビルはすばらしい人よ。 本当に愛せる女性がいつか見つかる、その人と幸せになるべきだと思った。
 私が逃げ出したら、彼に恥をかかせることになるのはわかっていたわ。 でも私が悪者になれば、すべてがまるく収まるはず。 今が最後のチャンスだと思ったの」
 話しているうちに、コニーの手がどんどん熱を帯びて、燃えるようになった。
「ビルと過ごしたのは、婚約して五日間だけ。 子供ができるなんて、想像もしなかった。 予想したとおり、ビルはそんなに真剣に私を探さなかったし。 お互いによかったとホッとしていたのよ。 でも、あなたができたとわかって……」
 熱い手が痙攣した。
「ビルに手紙を書いたの。 三日間眠れずに悩んだ後に。 返事は来なかった。 すごく怒っているんだと思ってあきらめたわ。 無理ないものね。 そうでしょう?
 でも……でもジェンの話を聞くと、ビルは知らなかったみたいね。 あの手紙は届かなかった。 配達されなかったんだわ。 郵便局で、どこかにまぎれてしまったんでしょうね」
 ジェンは無言で母の手を握り返した。 手紙はいつも確実に届くとはかぎらない。 世の中にはいろんな行き違いがあって、これもその一例なのだと思った。






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