表紙
明日を抱いて
 138 最初の言葉




 二人と一頭が家に帰り着いたときには、さしもの長い夏の日もとっぷりと暮れ、門の周囲は真っ暗だった。 だが玄関には灯りがともっていて、コニーが扉を開けて走り出てきた。
「ジェン、お帰り!」
「ただいま、お母さん!」
 二人ははしゃぎながら抱き合った。 ミッチがネロを馬車から外して馬屋へ連れていき、ジェンは荷物を下ろして玄関から運び入れた。 コニーはずっと傍を離れず、一緒に手荷物を運んだ。
「寂しかったわ。 たった二日半なのに一週間ぐらいに思えた」
「おちびさんたちは?」
「二人ともさっき寝付いたところ。 ジェンがいない間、意外におとなしくしてたのよ。 雰囲気を察したのかしら」
「いい子たちね」
 着替える前に、ジェンは母と一緒に爪先立ちで、弟たちの寝顔を見に行った。 ウォーリーは親指をくわえ、アンディは万歳のような形で、二人ともぐっすり寝入っていた。 寝ているときは天使のようにかわいい。 その姿を見て、ふと思った。 自分もこのぐらいのときは、やっぱり人並みにかわいかったのだろう。 その時期を一緒に過ごせなかったことを、実の父はおそらく残念に思っているにちがいない。


 半時間後、一家は食事室に集って、コニーが腕によりをかけて作った夕食に舌鼓を打っていた。 だが料理が残り少なくなるにつれ、ミッチは落ち着きを失い、デザートのレーズンパイが出てくると、祈るような顔でジェンを眺めた。
 その様子は、敏感なコニーにもすぐ伝染した。 彼女は夫と娘の顔を交互に見つめ、不安に駆られて声を出した。
「どうしたの? 何かあった?」
 ジェンは静かにフォークを置いた。 早く打ち明けたほうがいいと、ミッチが無言の圧力をかけてくる。 確かにおとうさんには話してお母さんにはまだという状況は、あまりよくなかった。
「お母さん、私シカゴで、ビル・メイトランドさんに会ったわ」
 どうしても、お父さんと言えなかった。 その言い方をしたら母が傷つくような気がした。
 コニーは息を呑んだ。 それから震えるように大きく呼吸し、口を覆った。
「まさかシカゴで……」
 ジェンは喉が詰まるような気がした。
「たぶん、私を見に来たんだと思う」
「そんな……!」
 不意にコニーが悲痛な悲鳴を上げたので、ミッチは椅子を倒して立ち上がり、飛びつくようにして肩を抱いた。 同時に子供部屋から泣き声が響いてきた。 母の異変をすばやく悟って、二人が目を覚ましてしまったらしい。
 コニーが放心状態で座ったままなので、ジェンが子供たちの元へ行った。 赤ん坊たちは大きなゆりかごの中で、くっつきあって泣いていたが、姉のなだめる声を聞いて、どちらもすぐ泣き止み、大きな目をぱっちり開いて短い腕をできるだけ伸ばしてきた。 二人ともジェンを大歓迎しているのだ。 その姿が愛しくて、ジェンは重いのを覚悟で二人とも抱き上げ、傍の揺り椅子に腰を下ろしてあやした。
「ただいま〜、大丈夫よ。 お母さんはちょっとびっくりしただけ」
 二人は口からあぶくを出してうだうだ言っていた。 そのうち、ウォーリーが妙にはっきりと口にした。
「ジェン」
 ジェンは飛び上がりそうになった。 まだ最初の誕生日が来ていないのに、この子はしゃべった。 天才だ!






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