表紙
明日を抱いて
 135 馴れそめは




 薄暮の下、先に出発したメイトランドに続いて、ゴードン一家とジェンも帰宅の途についた。
 帰り道はなんとなくしんみりした雰囲気になった。 そんな中で、ジェンは家に戻ったら、実の父に会ったことを両親に打ち明けようと決めていた。
「手紙を書くと約束したんです。 そしたら返事が届きます。 こっそり文通していたなんて二人に思われたくない」
 セリナが思わしげに、こめかみに手を置いた。
「コニーさんがショックを受けるでしょうね。 繊細な人だから」
「ええ……」
 それがジェンも一番気がかりだった。 でも隠れて連絡を取っていたとわかったら、もっと衝撃は大きいだろう。
「できればお母さんの言い分も聞きたいです。 メイト……お父様の話だけでは半分しかわかりませんから」
 一等車のゆったりした座席に寄りかかっていたジョージ氏が、雑誌を横に置いて真剣な表情でジェンを見た。
「では、われわれの知っている部分を話そう。 ピーターとワンダに聞かれてもかまわないかね?」
「はい、もちろん。 二人とも親友ですから」
 自分たちの名前が出たので、窓辺で景色を見ていたピーターも、母に寄り添ってシカゴで新しく買ったレースの襟を選り分けていたワンダも、はっとして顔を上げた。
 ジョージは低く咳払いして喉の詰まりを晴らすと、語り始めた。
「最初はリックという共通の友達から聞いた話だ。 だから完全に正確かどうかわからない。 でもコニーさんには話しにくいだろうから、わたしの口から言ったほうがいいだろう。
 その年の夏、ビルは大学を卒業して、男の友人三人とミシガンへ遊びに来ていた。 秋からヨーロッパへグランドツアー(上流階級の子弟が卒業記念にヨーロッパを旅して回る風習。 イギリスで盛んで、アメリカも一部でやっていた)に行く予定で、その前に国内旅行で足慣らしをしておこうというわけだ。
 わたしは彼らより年上で、もう働いていたから一緒に行かなかった。それで伝聞なんだが、友人の一人に酒癖の悪い男がいたらしい。 そいつが夕方に、裏庭で洗濯物を取り入れていたコニーさんを見てのぼせあがって、柵を乗り越えて勝手に入っていった」
 ジェンは思わず体を硬くした。 自分でさえその状況はちょっと怖いと思うのに、臆病なコニーはどんなにおびえただろう。
「もう酔っていたから、吟遊詩人のように派手にくどくつもりだったんだろうと、リックは言っていた。 だが実際は、コニーさんが悲鳴を上げて家に逃げ込もうとして、あわてた男に口をふさがれた。 外の仲間たちがどうしたらいいかおろおろしていると、後から追いついてきたビルが事情をさとって、庭に飛び込んで酔っ払いを引き剥がし、気絶寸前のコニーさんを家へ運んでいった」
 きっとかっこよかっただろう。 助けてもらったコニーも心から感謝したはずだ。
「コニーさんは、ビルが腕から下ろしたら、あっという間に二階へ駆け上がって、部屋の鍵を閉めてしまったそうだ」
 深刻な話なのに、ジェンは笑いそうになった。 いかにも母らしい。 気絶したふりをして、必死で逃げる隙をうかがっていたのだ。 捕らえられた野ねずみのように。
 ジョージは腕を広げて見せた。
「ともかく、それでビルは一目で恋に落ちた。 日ごろ冷静な彼が、別人のようになったとリックが驚いていたよ」  





表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送