表紙
明日を抱いて
 133 密かな愛情




 メイトランド氏はいつまでもジェンと話をしていたいようだったが、そうもしていられなかった。 二人は喫茶室を後にして、絵画の陳列室に戻った。
「逢えて本当によかった」
 ベンチの傍で足を止めて、メイトランドは静かに言った。
「ジョージたちは君を、どんな親でも自慢にできる子だと言ったが、それ以上だ。 でも覚えておいてくれ。 わたしは君が優れているから好きになったんじゃない。 通路で君を見た瞬間に、胸が痛いほどかわいいと感じた。 理屈抜きで、この子のためなら何でもできると思った。 これが親の本能なんだな、きっと」
 ここまでずっと、落ち着いて冷静に、と自分に言い聞かせてきたジェンは、いきなり目の前がぼやけてきたので、どきっとした。 それですばやく瞬きすると、急いで言った。
「やっぱりゴードンさんたちと話し合っていたんですね」
 一瞬メイトランドはしまったという表情で唇を噛み、低く笑い出した。
「今日はボロが出っぱなしだな。 そうなんだ。 君が八歳になったとき、わたしと似ていることにセリナが気づいた。 そのころわたしは新しい事業展開でヨーロッパに行っていて、二年ほどこっちに戻れなかったので、セリナは自分でそっと調べて、初めて我が家の家政婦さんがコニーのお姉さんだとわかったそうだ。 結婚していて苗字が代わっていたからね、誰も知らなかったんだ」
 メイトランドの明晰な瞳が光を失った。
「似ていたからって証拠があるわけじゃない。 だからセリナはジョージに話しただけで、他の誰にも言わなかった。 わたしにもだ。 最近屋敷に招待してくれないなと不思議に思っていたが、まさかそんな事情があったとは……
 家政婦のバーンズさんとは知り合いで、実は小さいころの君とも逢っていたんだ。 三つぐらいで、ピーターたちと走り回っていた。 ボールを拾ってやったんだよ。 愛らしかったけど、髪がくしゃくしゃで、男の子みたいだった。 あの子がまさか」
 メイトランドの思い出話が止まり、喉が大きく動いた。 声がいくらか粗くなった。
「バーンズさんが再婚して君を手放すことになって、マクレディ氏が迎えに来たね。 その様子を見て、ジョージたちは心配になったんだ。 彼がもし君を邪魔にしたらと」
 ジェンは激しく首を横に振った。
「ミッチは愛想がないだけなんです。 大事にしてもらってます。 弟たちが生まれたのに、私にぜひ地元の大学に入れと言ってくれて、進学資金を貯めてくれてるんです」
 メイトランドは短くうなずき、話を進めた。 ミッチについて、あまり口にしたくないようだった。
「それでしばらく悩んだ後、わたしに知らせてくれた。 二人で書いた詳しい手紙を読んだ後、しばらく書斎の椅子に張り付いたようになって、なかなか立てなかったよ。
 それからすぐ、ミシガンに人をやって調べさせた。 そして君が友達をたくさん作って人気者だという報告書を受け取った。 写真も撮ってきてもらった」
 そういうと、彼は立派な財布を取り出し、中から二枚の写真を引き出してジェンに見せた。 一枚は斜め前から撮ったスナップ写真で、ジェンが一人で微笑んでいた。 そしてもう一枚では、エイプリルやマージと腕を組んで楽しげに道を歩いていた。 写真はややすりきれて光沢を失い、角が二箇所折れていた。 よく出して眺めていたのだろうと思われた。






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