表紙
明日を抱いて
 131 困った事態




 ジェンはていねいに母の手紙を畳み、封筒に入れてメイトランドに返した。 そして、まじめな眼差しで彼を見つめた。
「母と婚約なさっていたんですか?」
 封書をゆっくり懐にしまうと、メイトランドは抑揚のない声で短く答えた。
「そうだ」
 ジェンは手を膝に重ね、続く話を聞く身構えをした。 母の最終決断だけでは、すべてがわかったとは言えない。 そもそもミシガンの片田舎に住む人見知りの娘と、都会の洗練された金持ち息子が、いったいどうやって知り合うことになったのか。 それが何より不思議だった。
「この手紙にあるように、母はすごく引っ込み思案です。 ダンスの会に出たくなくて、わざと踊りを覚えなかったような人なんです。 それなのにあなたのような方と……」
 ジェンはどう説明していいか困って、頭の中で言葉を捜した。
「あなたのような、あの、目立つ方とお付き合いするなんて」
 目立つ? と呟いて、メイトランドの口元が苦笑にゆがんだ。 ちょっと皮肉っぽい表情になったのに、それでも彼は美しかった。
「そもそものきっかけは、ちょっと嫌なことからだった。 話せばわかってもらえるかな」
「努力します」
 ジェンの答え方が可笑しかったのだろう。 皮肉な笑みが本物に変わった。 すると彼はとても無邪気に見えた。 大きな悩みを知らなかった十七年前の夏の日も、こんな笑顔をしていたのかな──ジェンはふとそう思い、母が彼を信頼した気持ちがようやくわかるような気がした。


 メイトランドは、生真面目なようでいて案外ユーモアがわかりそうな娘を、しみじみと眺めていた。 ジェンは報告されたとおりの、いや、それ以上にまっすぐで魅力的な子だった。 この子を我が家で、自分の手元で育てられていたら、どんなにかわいがっただろう。 つい甘やかしすぎてしまったかもしれない。 こうやって見ているだけで、買い与えてやりたかった物が頭の中一杯になってしまうぐらいだから。
 小さなドレス、おもちゃのような靴、乳母車にぬいぐるみ、レースで一杯のおとぎ話のような子供部屋。 そしてポニー。 この子は馬に乗れるんだろうか。
 夢想にふけっているメイトランドを、ジェンのいぶかしげな瞳が探った。 我に返って、メイトランドは胸に手を入れ、もう一通の封書を引き出した。 今度の手紙はふくらんでいて、いかにも分厚かった。
「口で話すより、書いたほうが正確だと思った。 コニーに見せてもいい。 話を曲げたり誇張したりしていないと言ってくれるだろう」
 ジェンは小さく口を開けて、また閉じた。 ずっしりした紙の重さが、そのまま心にのしかかった。
 家に帰ってこれを母に渡したら、母は大変なショックを受けるだろう。 そしてミッチは……私を自分の長女として愛してくれているミッチは、きっと逆上する。 ミッチにはこんなやり方は、金持ちの汚い手段にしか思えないはずだ。 何も知らされていなかった私をシカゴへ連れ出して、今の『両親』に内緒で実の父に二人だけで逢わせてしまうなんて。





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