表紙
明日を抱いて
 130 必然的結末




 メイトランドは、すぐには話し出さなかった。 その代わりに、懐から一通の封書を出して、ジェンの前に置いた。
「まず、これを見てほしい」
 表書きの字が目に入った瞬間、ジェンは悟った。 それはコニーの細く優雅な書体だった。
「お母さんの……?」
「そうだ」
 答えたメイトランドの声は、低く重かった。
 ジェンはぎこちなく封筒を開き、手紙を引き出した。 便箋は二枚しか入っていなかった。


『大好きな貴方へ』


 まず、その書き出しにびっくりさせられた。 知り合って恋に落ちたころのラブレターなのだろうか。


『お別れしなくてはならないのは、胸がちぎれるような思いです。 でも、どんなに努力しても、私には無理でした。 貴方が傍にいる夜は必死にしがみついて耐えていましたが、一人残されると、犬の吠える声や枝の揺れる音で目が冴えてしまい、眠ることさえできなかったのです。
 貴方が私をご家族に認めさせるため、あんなに努力したことを考えると、申し訳なくて身が縮みます。 私は小さな村生まれで、顔見知りに囲まれて忙しく働く日々しか知らず、正直言って少し退屈でした。 だから日常とはあまりにかけ離れた貴方が現れたとき、つい自分を見誤りました。 がんばれば自分のカラを破れるかもしれない、別のもっと明るく社交的な女に生まれ変われるかもしれないと。
 けれど私は、やはり川のほとりのハリネズミにすぎませんでした。 いつもびくびくしていて、自分の小さな巣を整えて守るのが何より好きな、そういう人間なのです。 貴方は私にはもったいない人です。
 本当に心からそう思います。 貴方は私の出会った誰よりも優しく、誠実でした。 私のほうが貴方の期待に届かなかっただけです。 どうかお願いですから探さないでください。 そして、できれば貴方のほうが私に失望して別れたと発表してください。 婚約指輪はお返ししますが、貴方との思い出は一生忘れません。
コニーより』



 ジェンは、手紙を二度読み返した。 そして理解した。 前にいる疲れた表情の男性より、たぶんずっと心の底から。
 母には文字通り、「無理」だったのだ。 ビル・メイトランドという青年を好きになったのは真実だっただろう。 だが社交界の花形になるなんて……近所の店で主人と会話を交わすのもうまくできなくて、娘や夫に頼む女性が、口先で人を蹴落とそうと牙をといでいる陰険な上流社会で暮らしていけるはずがない。 誰が考えても三日と持たない。
 母が消耗しきって邸宅の屋上から飛び降りる前に、何とか逃げ出すのに成功して本当によかったと、ジェンは思わずにはいられなかった。  





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