表紙
明日を抱いて
 130 実父の告白




 平日なので多くはなかったが、それでも周囲には数人の見学客がいて、あちこちで熱心に絵画を眺めていた。 よけいな騒ぎを起こして、彼らの注目を浴びたくはない。 ジェンは仕方なく、メイトランドの後について廊下に出た。
 彼がジェンを伴ったのは、美術館付属の喫茶室だった。 奥まった目立たないテーブルに席を取ると、氏はジェンの好みを訊いてアイスクリームソーダを、自分にはシャンペン入りのシャーベットを注文した。
 ジェンは背もたれの高い椅子にすっきりと座り、落ち着いた表情で周囲に目を向けてから、実父と思われる男性に視線を戻した。 その様子はもう子供ではなく、一人前の若いレディに見えて、メイトランドは珍しく気後れを感じ、話し出す前に低く咳払いした。
「察していると思うが、君はわたしの血を引いている」
 膝に置いた手がかすかにふるえるのを悟られまいとしながら、ジェンは穏やかに答えた。
「顔は似ていますね」
「そっくりだ」
 彼の声が上ずりかけて、ジェンは悟った。 メイトランド氏のほうも相当に緊張しているのだという事実を。
「君という娘がこの世にいたことを、わたしは長い間知らされなかった。 コニーが自分で育てていれば、早くにわかっていただろうが」
 ジェンは表情を強張らせた。 母を非難するような言葉は、いっさい聞きたくなかった。
「母にはやむをえない事情があったんだと思います」
 メイトランドの表情が、さっと変わった。 彼をよく知らないジェンでさえすぐわかるほど、はっきりとした変化だった。
「思いますって…… 君は、コニーからわたしのことを聞いていないのかい?」
 ジェンはますます緊張して、右手で左手をぎゅっと握りしめた。 私の言葉ひとつで母が不利になっては大変だ。 いっそう用心深くなって、ジェンはゆっくり考えながら答えた。
「私が尋ねませんでしたから」
「君はそれでよかったのか? 実の父がわかったら、会いに行こうとは思わなかった?」
「思いません」
 現在形で、ジェンはきっぱりと言い切った。 メイトランドは額を曇らせ、何か言いかけたが、ちょうどそのとき注文したものが届いたため、口をつぐんだ。


 どちらも無言で二口三口スプーンを動かした後、メイトランドは改めて話し出した。
「これからわたしが話すことは、正真正銘の事実だ。 後でコニーに確かめてくれ。 彼女はいつも正直で真面目だった。 だからわたしの話を否定したりはしないはずだ」
 ジェンは思わず姿勢を正した。 自分がどういう状況でこの世に生を受けたのか、初めて聞くチャンスを与えられたのだ。 たとえ相手が大富豪で美しすぎる男性だとしても、傲慢だとか身勝手だという偏見を持たずに、最後まで聞くべきだと思った。





表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送