表紙
明日を抱いて
 128 美術館にて




 足首近くまである水着をまとって泳ぐのは、重労働だった。 それでもジェンはけっこう楽しみ、横縞の作業衣のような男子用水着ですいすいと新種のクロールで泳ぐピーターと、ボール遊びをする余裕を見せた。
 ロバートは泳ぎより口のほうが達者だった。
「お、すごいなピーター。 チャールズ・ダニエルズ(セントルイスオリンピックの水泳選手で金メダリスト)そっくりだ」
 ピーターは平泳ぎに変えて、水の中からむっくりと顔をもたげた。
「ダニエルズを見たことあるのか?」
「あるとも。 ニューヨークの競技会で新記録出したときな」
「ダニエルズはしょっちゅう記録を書き換えてるよ」
 伝統の平泳ぎでのんびり移動していたアランが口を入れた。
「でも、彼を見たのは本当だ。 叔父さんが連れていってくれてね。 親父の弟だけど、ずっと話がわかるんだぜ」
 ワンダが仰向けになって背泳ぎをしながら、のんびりと空を眺めた。
「ここの水は冷たいわ。 でも気持ちいい」


 しかし十五分ほど経つと、みんな涼しいを通り越して冷えてきた。 それで着替え用の馬車に戻って服を替えると、今度は体が温まるおやつを求めて、ホットドッグの屋台に繰り出した。
 ジェン以外は金持ちの子供たちなのに、誰も気取らなかった。 木陰のベンチに並んで座ってホットドッグを食べ、女の子たちが行きたがったシカゴ美術館へ足を向けた。
 美術館は建物からして美しく、中も壮大だった。 しかし予想通り、ロバートとアランはすぐ飽きてしまい、内部の広々とした階段で手すりをすべり降りるというバカな真似をして、守衛につまみ出された。 階段の下にもガラスの展示箱などが置かれているため、壊したら大変なのだ。 夕立雲のような顔をしたピーターが、兄弟を弁護するためにしかたなく守衛室までついていった。
 五分で戻ってくるから、と二人だけで残されたジェンとワンダは、肩の荷を降ろした気持ちで伸び伸びとヨーロッパ絵画の展示室を巡った。 そこには十九世紀フランスの名画がずらりと並んでいて、可愛い姉妹の絵もあり、ジェンはすぐ傍まで行って見とれた。
 やがてワンダの声がしなくなった。 話しかけても返事がないため、心配になったジェンが振り向くと、太い柱の横に姿勢よく立つ男性の姿が目に飛び込んできた。
 それは、ビル・メイトランドだった。 ジェンのふわふわした気持ちは一挙に冷め、強い緊張が襲ってきた。
 メイトランドは脱いだ帽子を手に持ち、ゆっくりとした足取りでジェンに近づいてきた。 そして、決意を秘めた低い声で話しかけた。
「少し時間をくれないか? どうしても君に話しておきたいことがあるんだ」  





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