表紙
明日を抱いて
 125 悪がきたち




 ビルおじさん?
 奇妙な予感で、ジェンはすばやく顔を上げ、ふたたび自分そっくりの眼と対面することになった。 ジェンは頬を強張らせ、反射的に視線をそらしてハンカチを探しているふりをして、手提げの口を開いた。
 ジョージはうれしそうに立ち上がって友を迎えた。
「いやあ、一人旅なんだって? 会食の予定もないって聞いたから、ワンダに迎えに行ってもらったんだ」
 澄んだバリトンの声が、ジョージに応えた。
「お招きありがとう。 セリナに、ピーターも」
「お座りになって。 一ヶ月ぶりね」
「こんにちは、ビルおじさん」
 セリナはくだけた口調で、ピーターははっきりと、挨拶を返した。 エレベーターの前で中途半端に紹介されてしまったため、ジェンは歓迎の仲間に加わることも、初対面のふりをすることもできず、硬い表情のまま眼を伏せていた。
 ビル・メイトランドはセリナの横に腰を下ろし、穏やかにロバートと言葉を交わした。
「さっき君たちのお父さんと会ったよ。 こんな暑いときに大変だね」
 ロバートは鼈甲眼鏡の奥からフクロウのような目を瞬かせて、のんびり答えた。
「ほんと暑いですよね。 午後にどこかの公園へ行って、冷たいミシガン湖で泳ごうかって弟に言ってるんですよ」
 横でアランが小声でぶつぶつ言った。
「また始まったよ。 言い出したのは僕だっていうのに」
 その声はロバートにも聞こえたらしい。 彼はすました顔のまま、アランの隣に座っているジェンを見て、軽く片目をつぶってみせた。 ジェンは少し口元をほころばせて、彼のウインクに反応を返した。
 まもなく、飲み物に続いて料理が運ばれてきた。 そのころには、まずセリナとワンダが、続いてジョージが、メイトランドとジェンの間に緊張の壁があるのに気づいて、当惑していた。 ジェンは決してビル・メイトランドのいるほうに視線を向けず、メイトランドは他の人と話しながらも、始終吸い寄せられるようにジェンを見ていた。
 誰が見ても不自然で、まずい状況だった。 アランより一段といたずら好きなロバートが、すぐ二人の関係に気づいたため、いっそう事態が混乱しはじめた。 ラムステーキをぱくぱくと食べながら、彼は無邪気に声を出した。
「ジェンってかわいいでしょう、メイトランドさん? 小さいときは愛らしくて、天使みたいだったんですよ。 ドナって子の誕生会で、あまり行儀よく椅子に座ってるもんで、アランが母のビロードのマフを持ち出してこすりまくって、後ろからジェンの頭に近づけたら、静電気で髪の毛がいっせいに逆立っちゃって、メデューサみたいになりましてね」
 笑い声が上がる中、アランが真っ赤になって兄の襟元を掴んだ。
「あれやったの兄貴じゃないか!」
 ロバートは空っとぼけた。
「いや、僕がやったのはマフを盗んでこすったことだけ。 ジェンにくっつけたのはお前だろうが」
「だって、兄貴がやれって言うから。 やらないとにわとり小屋に押し込んで穴だらけにしてやるって言ったじゃないか!」
 テーブルについている人々は、ほぼ全員が笑った。 ジェンも笑顔になっていた。 昔のことでとっくに忘れていたが、ロバートの暴露で思い出した。 あの誕生会は退屈そのもので、ジェンは椅子に座ったまま眠りかけていたのだった。 結局、ジェンの逆毛が一番面白い見ものだったと、後で友達何人かに言われた。
 一同の中で、メイトランドだけがにこりともしなかった。 彼は三角になった目でロバートを睨み、冷たく言った。
「君は年下の女の子をからかって楽しいのか?」
 ロバートはびっくりして眼を見開いた。 そしてにこにこしているジェンに視線を向けて、直接尋ねた。
「君、気を悪くした? そんなことないよね。 すぐアランを追いかけて、同じことやって喜んでたものね。 あの後、静電気遊びが流行っちゃって、会場がすごいことになってさ、アランが父さんに尻を叩かれて……」
 我慢できなくなったアランがロバートの口をふさいだため、二人は揉みあって椅子から落ち、ついにピーターが立ち上がって二人をまとめて中庭へ連れて行った。
 





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