表紙
明日を抱いて
 124 食事の時間




 アランがどんなに無鉄砲で不器用でも、彼は紳士としてのしつけを受けていた。 だからジェンがビル・メイトランドにびっくりするほど似ているのに気づいたにしろ、口には出さなかった。
 代わりに、動揺を隠しきれないジェンを一生懸命なぐさめようとした。
「ともかく、偶然にしてもすごいよね。 こんな夏の最中に君とゴードン一家がシカゴに来て、たまたま出会うなんてね。 久しぶりの再会を祝って、午後にグラントパークにでも行かない? ほんとは下町のほうへ行きたいけど、ジョージさんが許してくれないだろうから」
 シカゴの下町は劇場や遊び場がたくさんあって、とても面白い娯楽街だ。 だが子供たちだけて行くような場所ではない。 娯楽には酒場やビリヤードハウスなども含まれるからだ。
 たしかグラントパークにはシカゴ美術館があるはずだ。 ジェンはすぐ乗り気になった。 メイトランド氏がこのホテルに泊まっているなら、できるだけ顔を合わせたくない。 昼食はともかく、午後は気楽な仲間たちと公園めぐりをして、のどかな時間をすごしたかった。
「すてきね。 ワンダとピーターも誘って行きましょう」
「ロバートは置いていくか」
 アランがちょっと意地悪なことを言うので、ジェンは笑いながら軽く腕を叩いてたしなめた。
「後でばれたらとっくみあいの喧嘩になるわよ。 ロバートもあなたみたいにすっかり変身した? 見てみたいわ」
「少しは変わった」
 アランがしぶしぶ認めたところで、エレベーターが上がってきてドアが開いた。


 ド・クルシー・ホテルは二年前にできたばかりの新しいホテルで、電球シャンデリアや正面玄関の回転ドアなど最新設備をそなえており、白と銀を基調にした内部装飾は輝くばかりに豪華だった。
 清潔で華やかな食堂にジェンを案内して入ると、アランは白地に流れるような銀色の線を入れた壁に視線をすえて、ジェンにささやいた。
「初めてここに入ったとき、ロバートは残念がってた。 これが外壁ならいたずら書きできるのにって。 でもまだ諦めてないんだよ。 ベルボーイに変装してどこかの壁にサインを残したいらしい」
 その情熱の源は何なのか。 ジェンにはいくら考えてもわからなかったので、思いついたことを言った。
「きれいな壁を汚すより、誰も登ったことのない山に登頂して岩に名前を刻んでくるとか、そういうことのほうがカッコいいんじゃない?」
「ああ、それいいね。 兄貴は高いところが好きだし」
 二人が話を交わしながら食堂に入っていくと、広々とした部屋の半ばに設置された噴水の向こうでピーターが立ち上がって、手を振ってきた。
「あそこにいるわ。 もう席を取ったのね」
 するとピーターの横にもう一人の若者がのっそりと立ち上がった。 アランが口で不満の音を立てた。
「ロバートだ。 あいつほんとに要領がいいんだから」
 たしかにロバートも前とは変わっていた。 今のほうがずっといい、とジェンは思い、好感を持った。 相変わらず茶色の巻き毛は細かく縮れて、もさもさと顔を取り巻いていたが、いつからかけているのか鼈甲〔べっこう〕縁の眼鏡がよく似合い、品のいい雰囲気になっていた。
 八人掛けのテーブルには、すでにゴードン夫妻がゆったりと腰掛けていて、ジェンとフォーブス兄弟が加わると後は二人分の席しか残らなかった。 ウェイターが注文を取りにスマートな足取りで近づいてきたとき、その背後からワンダの明るい声が響いてきた。
「もうみんな来てますよ。 ビルおじさん、早く!」





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