表紙
明日を抱いて
 123 父との対面




 ジェンは魅入られたように、六フィート(約一・八メートル)ほど離れたところに立つ紳士の爽やかな顔を見つめた。 そして考えた。
──この人、私によく似てるのに、どうしてこんなに美男子なの?──
 そうか、私も男に生まれていたらハンサムだったんだ、と思いついたとき、横にいたアランが楽しそうに挨拶した。
「こんにちは、メイトランドさん」
 無言でジェンを見つめかえしていた紳士は、はっと我に返ってアランに顔を向けた。
「やあ、アラン。 ロバートも来てるのかい?」
「はい、下にいるはずです」
 そこで気づいて、アランはジェンをやさしく引き寄せて紹介した。
「友達のジェニファー、ええと、マクレディ嬢です。 ワンダ・ゴードンの親友で、ロバートの初恋の人」
「え?」
「なに?」
 ジェンとメイトランド氏が、同時に声を上げたので、軽い冗談のつもりだったアランはたじたじとなった。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃないか、ジェン。 ほんとのことなんだから。 ただし五歳のときの話だけど」
「もう、アランったら」
 ジェンが笑い出すと、アランは急いで後を続けた。
「ジェン、こちらはメイトランドさんだよ。 お付き合いのあるゴードンさんから聞いたことない? メイトランド財閥の総長なんだ」
 メイトランドの噂は、ジェンも東部にいたころ聞いたことがあった。 ボストンの名家で格式を重んじると同時に、新しい事業にも熱心で、若い社長は仕事の鬼と噂されるほどのやり手だと言われていた。 しかし、ジェンはこれまで一度も会ったことがなかった。
 ジョージおじさん達の友達なの?──不思議な気がした。 ジョージの友人たちはたいてい本宅か別荘へ気軽にやってきて、一家と楽しく過ごす。 なのにこの人は、まったく訪ねてこなかった……。
 突然、ジェンは息を引いた。 自分によく似た顔立ち、まじまじと見つめたさっきの視線、そして今も、紹介されたにもかかわらず声もかけず、不自然に固まって立ったままの姿。 もしかすると……!
 ここにいない母の辛そうな声が、わんわんと頭の中にこだました。
『こんなに人見知りで、あなたからお父さんを奪ってしまったけれど、二人分かわいがって大事にするから許してって、いつもお腹のあなたに話しかけていたの』
 この人が私の実の父? でも私に逢ってしまって迷惑みたい……!
 ジェンは稲妻のようにそう思った。 そうとしか考えようがなかった。 暗い屈辱感が襲ってきたが、力強く顎をもたげることで払いのけた。
「はじめまして、メイトランドさん。 お会いできて光栄です。 では、これから食事に行くところですので」
 堂々と挨拶すると、なんとか笑顔を残し、ジェンはアランの腕を脇にひきつけるようにして、とっくに下りていってしまったエレベーターに向かった。
 そのとき、まだ動かなかったメイトランドとすれ違った。 勘の悪いアランでさえ、二人の間に流れる奇妙な空気に気づいたようで、不意にとっぴょうしもない声を張り上げた。
「ジェン、ここの昼食けっこうおいしいんだよ。 メイトランドさんもう食べました?」
「いや、まだ」
 メイトランドは咳払いしてから低く答えた。 するとアランはお節介にも、こう付け加えた。
「じゃ、食堂でまた会えますね? ゴードンさんが喜ぶだろうな」





表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送