表紙
明日を抱いて
 122 昔なじみと




 七階にゴードン一家が取った続き部屋は三つで、一つは夫妻の、もう一つはワンダとジェンの、そして残りの一つはピーターのためだった。
「最初はトニーも来ると思ってね。 ピーターが一人で二部屋占領か。 ぜいたくさせてしまったな」
「そろそろお昼だから食堂へ降りていきましょう。 お嬢さんたちは着替えてきてね。 お坊ちゃんは……どちらでもいいわ」
「どうでもいいってことだぜ」
 ピーターは忙しそうにしている母を見やってからジェンに耳打ちし、ヤンキードゥードルのメロディーを口笛で吹きながら、さっさとエレベーターへ向かった。


 ジェンはワンダと二人で部屋に入り、相談の上、淡い緑色のアフタヌーンドレスを着ることにした。 ワンダは母のセリナから、今日はクリームと白のドレスにするよう言い渡されていた。
「あれを着ると顔色がよく見えるからですって。 なんか嫌な予感がする。 フォーブス兄弟でも呼んでるんじゃないかな。 あの子たち苦手なのよ」
 ロバートとアラン・フォーブスならジェンも知っていた。 非の打ちどころのないお家柄の、とんでもない兄弟だ。 子供のころはエネルギーが有り余って、いたずらばかりしていた。 二人合わせてあちこちの骨折七回という、親泣かせの記録を作っている。
「でもあの二人、悪い子たちじゃなかったわよ。 他の人に怪我をさせたことは一度もないし」
 ワンダは大きくため息をついた。
「そうよね。 冒険しては死にかけてただけよね。 お母さんたら昔はトニーたちに、絶対あの子たちに近づいてはだめよ、なんて言ってたくせに、去年の末のクリスマスパーティーで久しぶりに会ったら手のひら返しちゃって、私にはせっせと会わせようとするのよ」
 花婿候補に昇格したわけだ──そう悟って、ジェンは二人の顔を思い出そうとしたが、うまく出てこなかった。 醜くはなかったような気がする。
「たしか、どちらかがトニーと同い年で、もう一人がピーターと同年だったような」
「そうそう。 ロバートがトニーと一緒なの。 二人を見たらきっと驚くわよ。 だって……」
 話し合いながらドアから出たとたん、ワンダはすばやく頭を引っ込めてジェンを先に出した。
「どうしたの?」
「うわさをすれば影。 アランのほうが来たわ」
「どこ?」
 兄弟を見るのは二年半ぶりだ。 ジェンは好奇心に駆られて、廊下を歩いてくる若者を眺めた。
 そして、ワンダが予言したとおり、とても驚いた。 これが本当にアランなら、大変身を遂げたものだ。 いつも髪がぼさぼさで、両眉がつながりかけて一文字だった少年は、巻き毛で空色の目をしたさわやかな美青年になっていた。
 彼のほうもしげしげとジェンを見た。 それから不意に笑顔になった。
「やっぱり! ジェニファー・バーンズだ」
「驚いた? あなたはアラン・フォーブスね」
 彼が嬉しそうに近づいてきて手を差し出したので、ジェンはすぐ握手した。
「変わらないね、ジェン。 前より綺麗になったけど、すぐわかった」
「あなたはすごく変わったわ、アラン」
 ジェンは正直に言った。 するとアランは顔をそらして笑い、秘密を打ち明けた。
「眉毛の真ん中のところ、毛抜きで抜いたんだ。 すごく痛かったけど、人間らしくなったってロバートがいうからさ」
 ワンダがまだ扉の陰に隠れているので、アランは気づかずジェンに腕を差し出した。
「一人? 下の食堂に行くなら、お供するよ」
 とたんにジェンは背中を突っつかれた。 一緒に行って! という合図らしい。 しょうのない子だ。 ジェンは笑い顔になって、アランにひざを曲げてお辞儀してみせた。
「では、すてきな人間のハンサムになったフォーブスさん、ご一緒しましょう」
 そこで二人は大人ぶって腕を組み、気楽に話し合いながら廊下を歩いていった。
「私ね、今はジェニファー・マクレディなの」
 アランはすぐ思い出した。
「そうだった。 おばさんのところへ養女に行ったんだってね。 君がいなくなって寂しがってる奴が、けっこう多かったよ。 今はシカゴに住んでるの?」
「ううん、イリノイじゃなくミシガンにいるの。 あなたは? おうちはフィリー(フィラデルフィア)でしょう?」
「うん。 こっちにある工場を親父が見に来ることになってね、兄貴と僕を連れてきたんだ」
 そこへエレベーターがなめらかに上がってきた。 制帽をきちんと顎紐で留めたエレベーターボーイがガラスの扉と鉄柵を開き、中から麦藁帽を被った紳士を一人下ろした。
 ジェンはアランとの話に夢中になっていたが、不意に空気がぴりっとなったのを感じ取って、顔を上げた。 そして気がつくと、自分そっくりの藍色の瞳を覗きこんでいた。





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