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120 車でお迎え
二十世紀に入って汽車は一段と進歩し、今では最高時速百キロを超えるまでになっていた。 線路も敷き直して振動が減ったため、快適に旅ができる。 ゴードン一家とジェンの乗った列車は、あちこちに停車しながらも三時間足らずで、ほぼ予定通りシカゴのユニオン駅に到着した。
駅前には大型の高級車が迎えに来ていた。 小粋なお仕着せを着た運転手がポーターから大荷物を受け取って車に積んでくれ、セリナが楽しげに礼を言った。
「ありがとう、クレム。 去年の冬以来ね」
クレムと呼びかけられた精悍な感じの若者は、帽子に手をかけて挨拶を返し、おだやかな声で応じた。
「ド・クルシー・ホテルまでお送りします」
迎えに気づかず先に行ってしまおうとしていたピーターを、ゴードン氏が連れ戻してきた。
「まったくせっかちなんだから。 クレムを忘れたのか?」
「いや、こんちは、クレム。 早く辻馬車を拾わなきゃと思ってさ」
高級自家用車は金持ちのおもちゃとして少しずつ普及していたが、大衆車が街を埋めるのはあと十年ほど先のことで、タクシーもまだ存在していなかった。
「せっかくイスパノ・スイザに乗れるチャンスなんだ。 すべて特注で、三ヶ月かけて大事にイタリアから運んできたんだ」
「クレムの他に三人しか乗れないんだろ?」
ピーターは醒めていた。
「やっぱり馬車が必要だよ」
「私は馬車で行くわ」
ジェンがすぐ名乗り出た。 車が嫌いというわけではないが、目立つのが嫌だった。
「じゃ私も」
すぐワンダが言い出した。 ごていねいに、兄の肘をしっかりと掴んでいる。
「お父さんたちはクレムと乗っていくでしょう? だから私たち三人は馬車にするわ」
一瞬、クレムとゴードン氏の間に稲妻のような視線が交わされた。 ほんの短い時間だったので、たぶん気づいたのはジェン一人だっただろう。
ゴードン氏は妻を振り返り、両手を広げてみせた。
「まあ、ピーターが付き添うから大丈夫だろう。 道草するんじゃないよ」
「しないよ」
ピーターはぶすっとして答えた。
「ちびどもを引き連れてたら、何もできない」
「ちびじゃないわよ!」
噛みつこうとするワンダを、ジェンがやんわり引き止めた。
「チビでもデカでもかまわないわ。 案内お願いします。 ね、ピーター」
「こう素直に頼めばいいんだよ。 ワンダはすぐカッカするから」
「ピーターがいらいらさせるんじゃない」
「二人ともよすんだ。 ピーター、金は足りるか? 十ドル持っていきなさい」
ゴードン氏から札を受け取ると、小さなバッグを抱えた妹と妹同然のジェンをせきたてて、ピーターはさっさと馬車乗り場へ向かった。
若さにあふれた三人を見送りながら、クレムが静かに言った。
「いいお嬢さん方ですね」
「ジェンは本当にいい子よ」
セリナはゆったりした後部座席に座り、夏は暑く、冬は寒いシカゴの空を見上げた。
「ビルはお元気?」
「はい。 待ちかねておられます」
「こんな高級車をロックハートさんから借りるぐらいですものね。 でもあいにくね、乗るのが私たちで」
「いえ」
クレムは苦笑してゴードン氏が乗り込むのを待ち、大型車をなめらかに発車させた。
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