表紙
明日を抱いて
 119 短い旅へと




 ゴードン夫妻にここまで下手〔したて〕に出て頼まれれば、いくら頑固なミッチでも断りきれない。 コニーが最初から賛成だったこともあって、しぶしぶジェンをシカゴへの短い旅に送り出すことにした。
「われわれはジェンを子守代わりに使ってるわけじゃないんでね」
 ぶすっとして呟くミッチの腕を、セリナがやさしく叩いた。
「そんなこと誰も思っていないわ。 あさっての午前中には必ず連れて戻りますから。 お土産をたくさん買うのは許してちょうだいね。 こんなに久しぶりなんですもの」
「ありがとう」
 ミッチは自分に折り合いをつけ、渋い笑顔を浮かべた。
「俺たちはただ……あの子が一日でもいないと、寂しいんですよ」
「わかるわ」
 セリナは真剣にうなずいた。 ジェンが引き取られた後、ワンダがひどく落ち込み、男の子たちまでいらいらと無口になったのを思い出しながら。


 そうと決まったら、ジェンの行動は早かった。 すぐバンクス家に行き、汗だらだらでパンを焼いていたバンクス夫人に、さっそく今日の午後から洗濯を頼んだ。 バンクス夫人はうれしそうに赤い手をエプロンでぬぐいながら、外まで見送りに出てきた。
「助かるわ。 今うちにいるのはデイルだけで、新聞配達と雑貨屋の手伝いをしてるんだけど、兄の半分しか稼げないし」
「デイルもがんばってるのね」
 初めてこの土地に来たとき、木の上からいきなり現れた生意気な少年を思い出して、ジェンの顔がほころんだ。


 それからは急いで荷造りだった。 ワンダがせっせと手伝ったので、まだ日が高いうちに準備は終わり、五時二十分の列車に充分間に合った。
 その間にゴードン家はホテルを引き払い、ピーターも戻ってきた。 彼はジェンを見ても何も言わなかったが、大して重くない荷物を載せるのを手伝ってくれた。
「ありがとう」
「やっぱりうちの親に丸めこまれたか」
「親切で誘ってくださったのよ」
 ピーターは小さくため息をつき、両手を広げた。
「まあたぶん、本人たちはそのつもりなんだろうな。 でも僕から見れば、ジェンは充分ここで幸せそうだ」
「ええ、とっても」
 列車はもう動き出し、二人は通路によりかかって話していた。 送ってきてくれたミッチがゆっくりホームを去っていく後姿を見送りながら、ジェンはしみじみと言った。
「顔なじみの人がたくさんいるって、いいものよ。 小さな村だから皆が知り合いなの。 逢えば挨拶してくれるし、話も弾む。 いろんな人がいるけどたいていは親切だし、安心できるわ」
「それだけ余所者は入り込みにくいんだ。 ジェンはよくやったね」
 ピーターは逆に感心した。
「僕なら無理だな」
 ジェンは笑い出した。
「えー? 冬にいたずら仲間をいっぱい作ったの、誰だっけ?」
「ああ、あいつらか。 さっきもセントピーターなんて言うから、蹴りを入れてやったよ。 それから湖に行って一泳ぎしてきた。 サンディフックと違って、水が冷たくて」
「そうなの。 長く入っていると唇が紫色になってくるわよ」
 そこへ、うずうずしていたワンダが割り込んできて、ジェンの手を引いた。
「よくピーターとそんなに話すことがあるわね。 さあ行きましょう、お母様がブリッジ教えてくれるって」






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