表紙
明日を抱いて
 116 母の心遣い




 マクレディ家に荷馬車が着くと、台所にいたコニーが裏口からすぐ姿を見せた。 ワンダは冬に泊まっていたことがあるので、人見知りのコニーも喜んで歓迎しに出てきたのだ。
「コニーおばさま!」
 ワンダは活発に馬車の後ろからすべり降り、コニーの腕に飛び込んだ。
「また一段ときれいになりましたね」
「そんな、まさか」
 コニーが顔を赤くして、ワンダを中へ招き入れている間に、ジェンは親友の荷物を降ろして玄関まで運び、ミッチは荷馬車を裏へ引いていって、ネロの汗を拭いてやった。


 荷物を忘れていたことに気づいたワンダが、コニーの渡した冷たいレモネードを一口飲んだところで、あわてて玄関に走った。
「ごめん、ジェン! こんなに暑いのに荷物運びさせちゃって」
「いいのよ。 お客さんはのんびり座ってて」
「そうはいかないわ。 私だけ今夜泊めてもらうんだもの。 ただてさえ忙しいのに、ジェンたちに迷惑かけられない」
 感心して、ジェンは親友に微笑みかけた。
「あなたは変わらないわねえ。 先週から湖の家に来ているお金持ち一家は、通りかかる人を使用人と間違えて、やたら命令するそうよ」
「いやだ、ジェン。 そんな連中と私を一緒にしないで」
 ワンダは鼻に皺を寄せて抗議し、着替えの入ったバッグをかかえて二階へ上がっていった。 勝手知ったる他人の家で、どの部屋に泊まるのか、もうわかっているのだ。


 まもなくミッチも馬屋から戻ってきて、家族とワンダは居間でくつろいだ。 ワンダは健康で元気な赤ん坊たちからなかなか目が離せず、交互に抱かせてもらっては、赤ちゃん言葉であやした。
「かわいいでちゅねー、お手々こんなに小っちゃくて、あんよもほら、むちむちしてて」
「赤ちゃんが好きなのね」
 二人の少女に子供を任せて、コニーは午後のお茶用に、すぐりのジャムを添えたパウンドケーキを出してきた。 ミッチは大喜びで、二切れもほうばった。
「ええ、赤ちゃんも小さな子も大好き。 ジェンがうらやましいぐらい」
 アンディが少しむずかったので、コニーは腕を伸ばして抱き取った。
「私はかわいそうだと思っているの」
 ワンダはハッとした。 ジェンがまばたきして言い返そうとすると、珍しくコニーは手で制して、きっぱりと続けた。
「ちょうどあなたが来たから、いいきっかけになったわ。 せめて洗濯だけは、バンクスさんに頼もうと思ってるの。 おととい裏口の前を掃いていたら、垣根越しに挨拶されたのよ。 仕事がほしいんですって。 洗濯一回で四○セント。 どう思う、あなた?」
 急に訊かれたが、ミッチはすぐ承諾した。
「見合った値段だと思うよ。 バンクス一家で、あのかみさんは一番の働き者だしな」
 ジェンは複雑な気持ちになった。 たしかに一日三回の洗濯はきついが、畜産農家の子供たちは洗濯よりずっと過酷な重労働をしている。 私はつらそうな顔なんかしたことはないのに、お母さんは気を遣いすぎだ、と思ったとき、コニーがしみじみと言った。
「私の娘時代は、もっと気ままだった。 好きに刺繍をしたり、ケーキ作りを楽しんだりできたわ。 だからジェンにも、もっと時間をあげたい。 若いときは一度しかないんだから」
 ワンダは力をこめて、何度も大きくうなずいた。 あまり頭を動かしたので、彼女の腕の中で気持ちよく眠りかけていたウォーリーが薄目を開けたぐらいだった。
「私からもお願いします! ジェンと一緒にここの夏を楽しめたら嬉しい。 すばらしい時間がすごせそう!」






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