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明日を抱いて
 114 親子と友と




 四時ごろにザーッと夕立が降った後、気温が下がり、ミッチが馬車で駅までジェンを送っていったときにはずいぶん涼しくなっていた。 散歩気分でうれしそうな馬のネロをポクポク歩ませながら、雨雲の去った空を見上げて、ミッチはしみじみと問いかけた。
「今日もてんやわんやだったな。 疲れただろう? 洗濯して、干して、雨で取り込んでまた干して、だからな。 こき使うなってゴードンさん達に怒られそうだ」
 ジェンは笑顔で、手綱を持つミッチの手首を軽く握った。
「そんなに気を遣わないで。 家族じゃない。 それより、さっきね、アンディが『マー』って言ったの」
 ミッチは目を見張った。
「しゃぺったってことか?」
「そう。 今までもバブバブとは言ってたけど、あんなにはっきり発音したのは初めて。 そしたらね、ウォーリーもつられて、『ダー』って」
「マーとダーか!」
 ミッチは御者席で飛び上がりそうになった。
「母ちゃんと父ちゃんか!」
「そのつもりで言ったかどうか。 でも確かにそう聞こえたわ。 お母さんと手を取り合って叫んじゃった。 やったー! って」
 気がつくと、ミッチが鼻をこすっていた。 涙ぐんでいるようだと気づき、ジェンは居心地が悪くなってもじもじした。 そんな弱気なところは、たとえ義理の娘にでも見られたくないだろうに。
 だがミッチは少し腰を浮かせて堂々と尻ポケットからハンカチを出し、大きな音を立てて鼻をかんだ。 そして、赤くなった眼をジェンに向けて、照れ笑いした。
「ようやく人間らしくなってきたな、あいつら」
「りっぱなでっかい若者になりそうよ。 フィッツロイ先生が言ってた。 手も足も大きいから、もしかするとおとうさんを越えるかもしれないって」
「働き者に育てるぞ」
「そうなるに決まってるわ。 村一番のまじめ夫婦の息子たちだもの」
「手本になる姉さんもいるしな」
 そう言ってから、ミッチは上手な口笛を吹きはじめた。 曲はスコットランド民謡の『私のボニー』で、歌詞を知っているジェンも途中から合わせて歌いだし、二人は楽しくにぎやかに駅へ向かった。


列車は六分遅れで駅に入ってきた。 停車する前から、ワンダは昇降口に出てきてしまい、ジェンを見つけて大はしゃぎで手を振った。 ジェンも子供のように走っていって、ほとんど抱きおろして歓迎した。
「ワンダ! 本当に、本当に久しぶり!」
「一年半よ、信じられない! こんなに離れていたなんて」
何度も抱き合った後、ようやく腕を離した二人は、しばし互いを見詰め合った。 ワンダは何てきれいになったんだろう、とジェンは思った。 顔立ちがおとなびたのはもちろん、眉を少し整えただけで見違えるようにすっきりして、黒味がかった瞳の魅力が際立っていた。
 だがジェンの驚きは、ゴードン一家にはとても敵わなかった。 ワンダに続いて降りてきたゴードン夫妻と、荷物持ちをさせられているらしいピーターの視線は、あっけに取られてジェンに釘付けになった。
「まあジェン、あなた何て……」
 珍しく言葉を詰まらせたセリナ夫人の横で、ピーターが不意に怒った口調で言った。
「そういうことだったのか。 やっとわかったよ、何でトニーが来たがらなかったか」
 





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