表紙
明日を抱いて
 106 隠れた計画




 その年末、ジェンはゴードン一家からの誘いを気兼ねしながら断った。 コニーに双子が生まれたと聞いては、ゴードン夫妻もジェンを呼ぶのを諦めないわけにはいかなかった。 ワンダはすっかり落ち込んでしまい、自分一人でもサンドクォーターへ行くと、しばらくだだをこねたが、ピーターに一喝されて、しぶしぶフロリダ行きで我慢することにした。
 夫妻は内心困っていた。 子供たちのいないところで、セリナ夫人が思わず愚痴をこぼすほど。
「マクレディさんたちは幸せでしょうけど、ビルはおそろしく不機嫌よ」
「だろうね。 欲しかったものを全部ミッチに奪われてるんだから」
 二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。 それから小さく笑い出した。
「ため息まで同じか。 長年連れ添っていると、一心同体みたいになってくるな」
「私たちがうまくいってる証拠よ」
「確かに」
 ジョージは目尻にしわを寄せて、気立てのいい妻に微笑みかけた。
「わたしが成り上がりと馬鹿にされても、君はひるまなかった。 君を見ると、いつも元気が出たよ」
「今でも?」
「もちろん」
 二人がそっと唇を合わせたとき、アンソニーがせかせかと居間に入ってきて足を止め、お手上げのしぐさをした。
「あれ、お邪魔だった?」
 妻を抱き寄せたまま、ジョージが大げさにしかめ面をしてみせた。
「そのとおりだ。 だが入ってきてしまった以上、しかたがない。 何か用かい?」
「うん……」
 珍しく言葉を濁して、アンソニーは立ったまま、傍の花台に手を置いた。
「ビルおじさんが僕に電話してきた」
 とたんに部屋の空気が重くなった。 夫妻はちらりと目を見交わし、アンソニーを手招きして、三人だけで話せる書斎へ足を向けた。


 座り心地のいい椅子に落ち着くと、アンソニーはすぐ話し出した。
「おじさんは、変な探りを入れてきたよ。 ピーターか僕のどちらかが、ジェンの初恋の人だったんじゃないかって」
 ジョージは思わず笑ったが、セリナはまじめな顔で問い返した。
「そうなの?」
 アンソニーも真剣に考えて答えた。
「少なくとも、僕はちがう。 ピーターはわからないな。 あいつ、肝心なことはしゃべらない性格だし、文字通りジェンと一緒に育った仲だからね」
「ピーターは最近もてるんだってな」
 ジョージが不思議そうにつぶやいた。
「あんな愛想のない子のどこがいいんだか」
「神秘的なんじゃないの?」
 アンソニーがすまして言ったので、三人とも吹いた。 つい最近まで食べることと体を動かすことにしか興味がなかったピーターのことを、家族は愛情をこめて『ヒグマ』と呼んでいた。
「それからおじさんは、ジェンが好きな男のタイプを根掘り葉掘り訊いたんだ。 髪は金髪が好きなのかとか、背は高いほうが好みかとか。 そんなのワンダに訊くべきだよ。 知ってるとしたら、ワンダだけだ」
「そんなこと訊けないでしょう。 ワンダは恋の話には敏感だから、すぐ気づいてしまう。 ビルが魅力的な男の子を使って、ジェンを引き寄せようとしていることにね」
 そうセリナが言って、心配そうな顔になった。
「ビルはあんなに賢くて、やり手だけれど、女の気持ちだけはわからないのね」
「美男すぎるんだよ」
 ジョージが静かに言った。
「なんでも簡単に手に入ると、学ばないものさ」  





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