表紙
明日を抱いて
 101 実の父の話




 ミッチはベニーたちに広いほうの畑を任せて、コニーの小さな野菜畑の世話をしていた。 そこなら家に近く、緊急のときにすぐ走って戻れるからだ。
 だからジェンは、すぐ義父を見つけることができた。
「おとうさ〜ん!」
 帽子もかぶらず駆けてくるジェンを目にして、ミッチはすぐ立ち上がり、手の泥をはたいた。 顔に緊張の色がみなぎった。
「どうした?」
畑の境になっている低い柵にぶつかりそうになって止まると、ジェンは息せききって告げた。
「生まれそうなの。 フィッツロイ先生に知らせて!」
 ミッチは大きく息を吐き、馬小屋へ飛んでいった。 そしてネロに手早く馬車をつないで、一目散に村道を抜けて行った。


 ジェンはすぐ身をひるがえして、家に戻った。 まず火をおこし、大釜に湯を沸かさなければならない。 ジェンは緊張に手がふるえるのを感じながら、井戸で水を汲み、ガンガンと火をたいた。
 それから、用意しておいたタオルを腕一杯に持って、二階に上がった。 母はベッドに横たわり、額に汗を浮かべていたが、ジェンがそっと部屋に入ると微笑みかける余裕がまだあった。
「ふつうなら子育ての経験のある奥さんに、手伝いを頼むんだけどね。 私は緊張しちゃってだめなのよ。 まだ十代半ばのジェンに頼るなんて、よくないんだけど」
「お母さんは十八で私を産んだんでしょう? 今の私とそんなに変わらないわ」
 ジェンは母の汗を拭き、窓のカーテンを調節して夕日がベッドに当たらないようにした。
「フィッツロイ先生はすぐ来るわ。 おとうさんがネロと迎えに行った」
「そう」
 コニーは顔をゆがめて寝返りを打ち、ジェンの手を痛いほど握りしめた。
「今のは背中に来たわ」
 ジェンは気が気でなかった。 まだ呼びに行ったばかりだが、もし先生が間に合わなかったらどうしよう。 子供はそんなにすぐ生まれないとは聞いたが……。  ついに母の口から呻き声が漏れて、ジェンはますます焦った。 娘の緊張に気づいて、コニーは安心させようとした。
「大丈夫よ。 なんだかあなたのときより楽なの。 辛いことは辛いけど、思ったほどじゃない。 やっぱり二度目だからか……うーっ」
 ジェンは自分でも固く母の手を握り、呪文のように言い続けた。
「少しは楽でよかった。 きっと赤ちゃんが上機嫌なんだわ。 もうじき生まれるって喜んでる。 みんなが待っていてくれて嬉しいって」
 短く息をしながら、コニーが切れ切れに言った。
「私はあなたも待ち望んでいたのよ。 こんなに人見知りで、あなたからお父さんを奪ってしまったけど、二人分かわいがって大切にするから許してって、いつもお腹のあなたに話しかけていたの」
 ジェンの目の前に、閃光が散った。 初めて聞く実の父の話。 あなたから父親を奪った──思いもよらない母の告白だった。





表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送