表紙
明日を抱いて
 100 予定日前に




 今やコニーは長椅子から立つにも苦労していた。 すぐ足腰が痛くなるため、ミッチとジェンが交代でマッサージするありさまだ。 それでもコニーは明るく、出産の日を心待ちにしていた。
 ジェンはできるだけ不安を顔に出さないようにした。 そして、きっと無事に生まれると自分にも義父にも信じさせようと努力した。 コニーの小回りがきかなくなったのを助けて、掃除と洗濯はジェン一人の役目になったし、ミッチも秋の忙しい収穫の合間を見つけては、買い物にはげんだ。 二人とも献身的で、コニーはことあるごとに感謝した。
「あなた達がいなかったら、どうしたらいいかわからなかったわ」
「たぶん手伝いを雇ったろうがな。 でもそんなものは、ジェンの半分も役に立たないさ」
 二人に頼られたジェンは、責任感でいっそう気持ちが高ぶり、こまねずみのように働いた。
 文通しているゴードン家の人々も気遣ってくれていた。 コニーが見事なものを手作りできるのは知っているが、という但し書きつきで、高級店で買ったベビー服や赤ちゃん用毛布などがドサッと届き、真っ白なレースの天蓋つきのベビーベッドまで、アンソニーとピーターの連名で送られてきた。
「おれがちゃんと立派なのを用意してあるのに」
と、ミッチは少々不機嫌だったが、コニーは笑って言った。
「もちろんあなたのを使うわ。 これは居間に置いておいて、一緒に遊ぶときにどうかしら。 うちは広さには余裕があるんだもの。 きっとトニーたちも喜んでくれるわよ」


 その当日は特に劇的なきざしもなく、ごく普通に訪れた。 火曜日の夕方、仲間たちと一緒に帰ってきたジェンが、門先で馬車に手を振って別れを告げてから家に入ると、いつものように玄関まで迎えに出てきたコニーが、穏やかな声で告げた。
「よかった、時間に帰れたのね。 二○分前ぐらいから陣痛が強くなったの。 今ミッチを呼びに行こうとしていたところ」
 たちまちジェンの顔が真剣になった。 まだ予定日までに五日間あるが、心の用意はしていた。 いざとなったらすべきことが、頭の中でピシッと整列した。 これまで何度も繰り返して記憶に叩き込んできたのだ。
「安心して。 私が呼んでくるわ。 その前に、寝室へ上がっておきましょう」
「そうね。 準備はしてあるの」
 コニーは晴れ晴れとしていた。 ジェンは母に肩を貸して狭い階段を慎重に上がりながら、背が伸びて力も強くなったことに感謝した。
 コニーは本当に几帳面で、着るべき寝巻きやショールがきちんと並べてあった。 朝、家族が出かけたすぐ後に、弱い陣痛が始まったのだという。
「だからできるうちにすべてやっておいて、後は下に下りて時期を待っていたのよ」
「お昼は食べた?」
 収穫期、ミッチは助手の男たちと畑で弁当を共にする。 予定日が近づいたここ一週間は妻を一人にするのが心配で、昼食に家へ戻ろうとしていたが、コニーが止めさせた。 本当に不思議なほど気分がよくて、あまり気遣われると逆に不安になるほどだったからだ。
「ジンジャーケーキを少し。 あなたたちにはシチューを作っておいたわ」
「お母さん!」
 するとコニーはいたずらっ子のように笑った。
「私も食べたかったんだもの。 終ったら楽しみにしてるの。 早く生まれてほしい。 どんな顔をしてるのか、いつも想像してたのよ」
「私も。 お母さん似かな、それともお父さん似かもって」
「私はあなたに似てほしい」
 不意に母は真顔になって言った。
「顔はともかく、気立ては絶対にあなた似になってほしいわ」
 ジェンは感激した。 とっさにどう応じたらわからず、にこにこしている母をさっと抱きしめた。
 ほほえんでいた母の体が、腕を放すときにきゅっと引き絞られるのが感じられた。 ジェンは慌てた。
「おとうさんに言って、フィッツロイ先生を呼んできてもらうわ。 私はすぐ戻ってくるから、ちょっとだけ待っててね」





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