表紙
明日を抱いて
 96 裏目に出た




 ちょうど占い師のテントに並ぶ人数が少なくなってきたので、ジェンはエイプリルと連れ立ってベンチに腰掛けた。 二人の前には、落ち着きのない若い男が一人、帽子をひねくりまわしながらもじもじと座っているだけだった。
 すぐにテントの中から、ジェンたちと同い年ぐらいの娘達が出てきた。 友達同士で一緒に入っていたらしい。 すっかり興奮して笑いさざめいているところをみると、占いは良い結果が出たようだった。
 若い男はジェンたちに見向きもせずに、急いでテントに入っていった。 涼しい木陰で二人きりになったジェンとエイプリルは、少しの間黙っていた。
 それからエイプリルが、急に声を出した。
「見てたんでしょう? ひょっとしてジョーディも?」
 ジェンはとっさに答えられなかった。 だが黙っていることが、すでに返事だった。
 エイプリルはふっと笑い、きゃしゃな日傘をめくってみて顔をしかめた。
「あら、骨が曲がっちゃってる」
 そのままの姿勢で、エイプリルは淡々と言葉を続けた。
「ずっと牛の展示場の裏で待ってたの。 でも彼が来ないから、今日も逢えないんだと思って、引き返してくるところだった。 そしたら後ろから声がかかって」
 だから夢中で駆けていったんだ。 何もかも忘れて。 傘も放り投げて。
 ジェンは胸を衝かれた。 それほどの情熱を味わったことはなかったが、想像はできた。 そして、不幸な恋人達にたまらない同情を感じた。
「お父様が反対するの?」
 ジェンが小声で尋ねると、エイプリルはなんともいえない顔になって、親友を見返した。
「一発で当てられちゃった。 みんなわかってるのね。 彼はこそこそなんかしなかったのよ。 きちんと父に言ったの。 私のこと好きだって」
 話しながら、ふっくらと形のいいエイプリルの下唇が、こらえきれずに小さく震えた。
「そしたら何て言われたと思う? 身の程知らずの乞食めが、今度娘に近づいたら州境から蹴りだしてやるって。 彼の弟たちが私を嫌う気持ち、よくわかるわ」
 アンバー家の双子が学校でエイプリルの悪口を言ったのを、ジェンはあざやかに思い出した。 ほとんどの人に好かれているエイプリルを『さる』と呼んだのであきれたが、そういう裏事情があったのだ。
「そのとき、もう付き合ってた?」
 エイプリルは首を振った。
「いいえ。 そこが皮肉なところなの。 私はもちろん彼を知ってたわ。 ここらで一番目立つ男子だったもの。 ちょうど三年違いだから、同じ学校に通ったことはないけどね。 でも彼が私を知ってたなんて思わなかった」
 まったく謙虚なんだから──ジェンはいっそう悲しくなった。 エイプリルは自分自身の魅力を半分もわかってない。
「だから、たまたま道ですれ違ったときに、あやまったの。 父が傲慢で我がままな性格ですみませんでしたって。 だって本当にそうなんだもの。 お母さんが病気がちになったのも、父に振り回されて疲れたからよ。 周りはみんなそう言ってる。 気づいてないのは父一人」
 ジェンは意識せずにエイプリルにどんどん寄り添っていた。
「それでデュ……ディック・アンバーさんは何て答えた?」
 エイプリルはジェンの手を握って、やさしく叩いた。
「わかってくれるのね。 私も彼をディックと呼んでる。 彼はね、こう言ったの。 お父さんは心配することはないんだ、僕は君を遠くから見ているだけなんだから。 じっと見てるのが許せないと思ったんだろうが、それだけで一日の疲れがすっと消えるんだからって」
 ジェンは言葉もなく、エイプリルのしなやかな手を強く握り返した。 エイプリルの言ったとおりだ。 何という皮肉な話だろう。 父親が気を回して、貧しいが人気者の若者を遠ざけようとしたせいで、二人は知り合い、恋をしてしまった。






表紙 目次 文頭 前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送