表紙
明日を抱いて
 94 恋の苦しみ




 やがて小さな木立の近くに、派手な模様のついた占い師のテントが見えてきた。 入り口の前にベンチが二つあって、人が三人座って順番を待っていたが、エイプリルの姿はまだない。 ジェンはいくらか心配になって、周囲を見渡した。
 そのとき、すぐ後ろから声がした。
「誰か探してるのか?」
 振り向く前に誰か分かった。 ジョーディだ。 ジェンは彼がついてきたことを意外に思うよりむしろホッとして、そんな自分に驚いた。
「エイプリルとここで待ち合わせしたの。 もう来るはずなんだけど」
「そういえば、さっきあっちにいなかったな」
 ジェンのすぐ横に来て、ジョーディは日差しよけに手をかざしながら、あちこちに目をやった。 広場の向こうには売店が軒を連ねているのが見えるが、ここからはだいぶ遠い。 メイン会場のにぎわいもほとんど届かない静かな空間だった。
「あれ」
 不意にジョーディが声を出した。 ジェンが見上げると、彼は早口で訊いた。
「彼女、今日ピンクの服?」
「ええ、そうよ」
 するとジョーディはゆっくり、かざしていた手を下ろし、なんとなく困ったような表情で言った。
「今こっちへ来るよ」
「どこから?」
 ジョーディの視線を追ったジェンは、占い師のテントの向こう、潅木の林の中に淡いピンク色がひらめくのを見つけた。 確かにエイプリルだ。 急ぎ足でこっちへやってこようとしていた。
 ジェンが迎えに行こうとしたそのとき、下草に覆われた木立の中から、不意に男が現れた。 エイプリルの後ろ側に横から出てきたので、彼女に半分隠されて顔がわからない。 ジェンはぎょっとなり、叫び声を上げてエイプリルに注意しようとして口を開けた。
 とたんにジョーディに腕を引っ張られた。 よろめきかけたジェンは彼をにらんだ。
「何するの?」
 だがジョーディはジェンを見ていなかった。 木立のほうを見つめ続けていた。 エイプリルが誰かに襲われたなら、ジョーディが黙って立っているはずはない。 ジェンは急いで振り返り、そこで一生忘れられない光景を目撃した。
 エイプリルは走っていた。 こちらへではなく、木立の奥に向かって、大きく両腕を広げて。 母親に無理やり持たされたピンクの日傘が木の幹に引っかかって飛んだが、見向きもしなかった。
 ジェンとジョーディが言葉もなく見守る前で、エイプリルは背後からやってきた男に飛びつき、夢中で首に腕を回した。 大柄な男のほうも羽根のように軽々とエイプリルを受け止め、目を閉じて何度も何度も頬ずりした。 プラチナブロンドと金褐色の髪が交じり合い、砂金を振りまいたように木漏れ日でちらちらと光った。
 それから二人はキスを始めた。 占いテントの裏手なので、人に見られているとは思っていないらしい。 せっぱつまったそのキスには、圧倒的な激しさがあった。






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