表紙
明日を抱いて
 93 危険な遊び




 元気なジェンにとって、ロッキーマウンテンは思った以上に面白かった。 ミッチが約束を守って小遣いを普段の倍もくれた上、コニーまでがこっそりとへそくりの一部を分けてくれて、懐があたたかい。 資金たっぷりだから、初めのうちに何度も階段を駆け上っては、なんとかバランスを取って数秒間でも立っていようとがんばった。
 ジェンが競技として楽しんでいる横を、ハンサム・エディはいろんな女の子と滑り落ちていった。 彼がプレイボーイというわけではなく、女子のほうがつかまりたがって申し込むのだ。 一方、おとなしいハウイははつらつとしたマージと一緒に階段を上るどころか、自分ひとりでさえまだすべれないでいた。
 上から見ていて気の毒になったジェンが、今度降りた後でハウイを誘ってあげようかと考えていると、中学の同学年生たちが何人か、連れ立ってやってきた。 その中に、ジェリーとジョーディもいた。
 ジェンはうれしくなって、階段の上から呼びかけた。
「あなたたちもやってみない? 一回五セントよ」
 すぐにジェリーがポケットから十セント玉を出し、ジョーディに顎をしゃくった。
「おごるよ。 やってみようぜ」
 楽しい祭の中で、人々は童心に返っていた。 ジェンの後ろからも次々に大人たちが登ってきて、わずかの間立ち止まっていたジェンを背後から押した。
「きゃっ」
 不意を突かれて、ジェンはバランスを崩した。 そして両手を振り回しながら倒れ、すごい勢いですべり落ちていった。
 台の下には落下止めのマットレスが並べてあるが、スピードが出すぎると手前で跳ね上がって、向こう側の地面に落ちてしまう恐れがあった。 ジェンはとっさに体を丸めて身を守る体勢を取った。
 思ったとおり、ジェンのしなやかな体はマットレスの端で弾んだ。 しかし次の瞬間にすぽっとはまったのは、硬い地面の上ではなく、誰かの腕の中だった。 ジェンが反射的につぶった眼を開くと、思いもかけない近さにジョーディの引き締まった顔があった。
 視線が合ったとたん、ジョーディは膝をついていた体を起こし、軽々とジェンを引っ張り上げて立たせた。 そしてあっさりと言った。
「カエルみたいにいきなり跳んできたんで、びっくりした」
 券を買って戻ってきたジェリーが、けたたましく笑った。
「うちの女子は、みんな勇ましいからな」
 そこへ、一部始終を見ていたらしいデビーが、心配顔で飛んできた。
「ジェン、大丈夫だった? 係員の人が青くなってたわよ」
 ジェンは少しふらふらしながらも、笑顔を作ってみせた。
「平気よ。 ちょっと不注意だったの」
「誰かが押したんだ」
 近づいてきた若い係員が唸るように言うと、知らん顔で去っていく若者グループの後姿をにらんだ。 そして台にむかって、わざと大声を張り上げた。
「いいですか! 絶対に前にいる人を押さないでください! 今度やったら、ここの出し物ぜんぶ、立ち入り禁止にしますよ!」
 ぷりぷりと係員が去った後、ジェリーがいくらか心配顔になってジェンを覗きこんだ。
「危なかったんだな。 日陰で休んだほうがいいよ」
「ありがとう」
 さすがのジェンも、今の衝撃で少しひるんでいた。 デビーと、すぐ駆けつけたマージに囲まれて、近くの露店のベンチに座り、エディが気をきかせて持ってきてくれたパンチを少し飲んだ。 その間に、近くでもと同級生たちがジョーディと話している声が聞こえた。
「おまえ間に合ってよかったな」
「いきなり顔色変えて柵飛び越えて行ったもんな。 彼女が本命だったとは知らなかった」
「あの角度で落ちるとあぶないからだ」
 ジョーディは冷静に答えていた。
「ワイオミングの酒場で、屋根からすべり落ちて背骨を折ったのを見た。 脚が動かなくなったって」
 少年達は言葉を失い、顔を見合わせた。 聞いていたジェンも背筋が寒くなった。 コニーがこんなことを知ったらどんなに心配するだろう。
 そのとき、エイプリルとの約束が、ふっと頭をよぎった。
「今何時?」
「二時四三分」
 親から誕生祝に貰った懐中時計がうれしくて、いつも持ち歩いているジャッキーが、不意に顔を出して教えた。
 エイプリルと待ち合わせたのは三時少し過ぎだ。 まだ少々時間があったものの、ジェンは立ち上がった。
「占い師のところに行くわ。 約束したの」
 すると、さっきは行きたがっていたデビーがしりごみし、マージは首を振った。
「お父さんがね、占いは科学的じゃないって言うの。 私もそう思う」
 マージが言うと、デビーも違う理由で断ってきた。
「気がついたの。 未来を予言されたら、私ぜったい縛られちゃうと思う。 そうならなかったら腹が立つし、もし当たってたら怖いわ〜」
 ジェン自身は以前にもワンダと一緒に手相を見てもらったことがあって、半分は当たり、半分は大はずれだった。 そんなものだろうと思っていたし、あまり気にすることもなかった。
「じゃ、行ってすぐ戻ってくる。 あなた達、ここでしばらく遊んでいくでしょう?」
 集まってきた他の子たちもうなずいたので、ジェンは手を振り合ってみんなと別れ、だいぶしっかりしてきた足取りで歩き出した。





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