表紙
明日を抱いて
 91 大人への道




 帰りがけに、ジョーディは胸を張ってジェンに言った。
「またカワウソを見に来るかい?」
 彼は来てほしかったんだ──そう悟って、ジェンは大きな笑顔になった。
「ええ、行くわ。 明後日の午後、川に行く?」
 するとジョーディは、隠し切れずに嬉しそうな表情をした。
「行くさ! ほとんど毎日通ってる。 じゃ、待ってるからね」
 二人は笑みを交し合って別れた。 ジェンが見送っていると、ジョーディは四つ角で振り返った。 肩の釣竿が大きく揺れ、細い先端がしなった。
 彼が大きく手を振ったので、ジェンも振り返した。そして、彼が軽い足取りで角を曲がっていくのを、温かい気持ちで見送った。 また男の友達ができるのはいいものだ、と、これからの夏後半に期待しながら。


 暑いといっても三十度越えはめったにない夏で、みんな活発に出歩いた。 男子は畑の耕作に駆り出される子が多く、農業祭に出すため家畜を育てている子もいて、忙しかった。 女子もさぼってはいられない。 家事の手伝いや弟妹の世話、それに避暑客のもてなしで人手不足になった湖畔のホテルの臨時ウェイトレスになって小遣い稼ぎをするのが流行っていた。
 アルバイトをすることは、ジェンには許されていなかった。 その点だけは、コニーもミッチもはっきりしていた。
「働くのは悪いことじゃない。 だがホテルや飲食店はだめだ。 ジェンは町から来ているから、都会にはたちの悪い遊び人がいるのは知っているだろう。 だから騙されるとは思わないが、用心にこしたことはない。 これからステートフェア(州の農業祭)があるんで、小遣いをたくさん欲しいのはわかる。 いつもより多く出してやるから、リリアンたちと一緒に行くのはやめるんだぞ」
 リリアンとポリーがサニーレイク・ホテルでバイトするのを、どうしてミッチが知ってるんだろう。 ジェンは首をかしげながら、すぐ答えた。
「ええ、行かないわ。 ポリーに誘われたけど断ったの」
 コニーのお腹はますます大きくなり、今では椅子に座るのも大変そうだった。 ジェンはできるだけ母のそばにいて、頼まれればすぐ駆けつける準備をしていた。 予定日は九月の半ばだが、この分だとお産は少し早まるかもしれない。 母は元気にしているが、初産から十五年以上経っての出産だけに、気をつけなければならなかった。
 それでもコニーは娘を気遣って、遊びに行きなさい、若いときは二度ないんだから、と送り出した。 母の信頼にこたえて、ジェンのほうも必ず、どこへ行くか言ってから出かけた。 エイプリルたちとは相変わらず週に二、三度は雑貨屋で会って、おしゃべりと情報交換をしていた。 マージは暑くなってますます元気だが、エイプリルは少し無口になって、たまにぼんやりしていることがある。 でも周りがにぎやかになると、すぐ気を取り直して一緒にはしゃいだ。
 エイプリルが憂鬱そうな原因は、マージが話してくれた。
「こうやってみんなといられるのは、今年の夏までなの。 今度の冬休みからはフロリダに別荘を借りて、そっちで過ごすんだって。 そして夏には、お決まりのアディロンダックに丸太小屋を建てて行くそうよ。 丸太小屋といったって、丸太で作ったお屋敷ってとこでしょうけど」
 ジェンはがっかりした。 まとめのうまいエイプリルがいなくなったら、雑貨屋の集いは活気がなくなって、自然に消えてしまうだろう。 みんなばらばらになる。 それに何よりも、ジェンはエイプリルが大好きで、長い休みを彼女なしで過ごすのが嫌だった。
 二人はそのとき、アイスクリームを取りに行って、仲間達から少し離れていた。 カウンターに寄りかかってカートが忙しくグラスにバニラアイスクリームとチェリーをのせるのを眺めながら、マージも不満そうな声を出した。
「エイプリルはあんなに綺麗だから、社交界に出したら崇拝者の山ができるわ。 あっという間に婚約が決まるかもしれない。 結婚した後で大学に通うなんてことになるかもね」
「早すぎるわ」
 ジェンは思わず大声になって、あわてて口を押さえた。 するとカウンターの向こうから、カートが重々しく言った。
「いや、そんなことはないよ。 昔は十五、六で結婚するのはごくふつうだった。 今だって虫がつく前に婚約して、十八ぐらいで嫁にやるのは、有力者にはよくあることだよ」
 虫がつく、という言い方にうんざりして、ジェンは少しふくれっ面になった。





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