表紙
明日を抱いて
 89 親と子の絆




 ミッチとジェンの足音が聞こえたのだろう。 コニーとジョーディの二人は同時に顔を上げて戸口に向けた。 ジョーディが礼儀正しく立ち上がるのを見て、ミッチの眼差しが少しなごんだ。
「ミッチ・マクレディだ」
 そう言って、ミッチは畑仕事で荒れた大きな手を差し出した。 ジョーディはすぐ応じ、二人はがっちり握手した。 ここ数ヶ月でジョーディもクラスのみんなと同じようにすくすくと伸び、今ではミッチとほぼ同じ背丈にまで成長していた。
「ジョーディ・ウェブスターです」
「そうだってな。 まあ座りなさい」
 すぐにコニーが井戸で冷やしたビールを持ってきてミッチに渡した。 うまそうに飲み干した後、ミッチは小さなスポンジケーキのかすが散った皿を、横目で眺めた。
「おれたちもそろそろおやつの時間じゃないか?」
 ミッチは普段、午後に菓子を食べる習慣はない。 とまどったコニーだったが、すぐ笑顔になって、蝋引き紙でがっちりくるんだゼリーの残りを切り分けた。
「気をつけないとアリが来て大変なの。 まだたくさんあるから、あなたももう一切れどうぞ」
 ジョーディは変な遠慮をせず、素直に言った。
「ありがとう。 おいしいんでいくらでも入ります」
「さっきは何を話していたんだい?」
 ミッチが錆びた声で尋ねると、ジョーディはまっすぐ顔を上げて答えた。
「ああ、ぼくも養子だってことです」
「そのことは聞いてたよ、ジェンから」
 ミッチは静かに応じた。
「お父さん、気の毒だったな」
「お母さんのことも、少し話してくれたの」
 コニーが珍しく、自分から語り出した。
「仕立て屋さんだったんですって。 一人息子のために小さなセーラー服を縫って着せていたそうよ。 だから子供のときの仇名が船乗りだったって」
 両親にかわいがられていたジョーディの子供時代を、ジェンは想像した。 セーラー服を着るのは、制服がセーラーカラーのお嬢さん学校の女の子たちか、金持ちの息子たちだ。 ジョーディの母は大事な息子を上品に飾りたかったのだ。 きっとよく似合ったことだろう。
「母は八年前に病気で亡くなりました。 父はアラスカで行方不明のままです。 だからまだ、正式な養子にはなってません」
「そのウェブスター氏の?」
「いいえ、ウェブスターはもともとの苗字です」
 微妙にジョーディの声が硬くなった。 そのとき初めて、ジェンの心に小さな疑いが沸いた。 ジョーディはなぜ養い親のことを話したがらないのか。 というよりジョーディの養い親は、なぜまったく表面に出てこないのか。





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